軽く笑って、彼の元から立ち去る…
つもりだったのだが

「手を離してくれないか、大河」
「嫌です」
彼も一応男、しかも軍人、力づくで手を離させるのは無理か
さて、どうしたものか…
と、新次郎が顔を上げてこっちをにらんでくる、その瞳は大粒の涙で潤んでいた
「昴さんの、大莫迦!嘘つき!」
「な、子どもか君は!」
腕を引かれ新次郎がきつく抱きしめてくる。
「やめろ!離せ」
「離しません!絶対絶対、離しません!だって、昴さんすごく悲しんでる。
そんな昴さんを離す事はできません!」
仮にも役者である僕の演技は完璧だったはずだ。
「昴は悲しんでなどいない!何を根拠にそんな事を言うんだ」
「昴さんこそ、どうしてぼくに分からないと思うんですか?!
ずっとずーっと、昴さんの事見てきたんですよ!」
「…っ、うぬぼれるな!君が僕を理解できる訳ないだろう
わかったような口を聞くな、不愉快だ」
そこでうなりつつ、新次郎はだまりこんだ。
きっと言葉につまったのだろう。このまま諦めてくれればいいが…

諦める、新次郎が、僕を

そう思った瞬間顔がこわばるのを自覚した。
しまったと、思うのと、彼が笑ったのは同時だった。
「ぼくは諦めません、貴女が大好きです」
この男!
本当に僕の心を読んでいるんじゃないのかとそんな訳ないのに思わず疑ってしまう。
それほどまでに、僕が欲しいと思った言葉を欲しいと思った絶妙のタイミングで放ってくる。
「と、とにかく駄目だ!今日を限りに僕たちは終わりだ」
「あーきーらーめーまーせーんー」
それから、僕と新次郎の戦いが始まった。

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朝のシアターは客の姿もなく、人も少ない。
だが、たとえ客がいなくとも、スタッフには仕事があるし
僕にもダンサーとしてのレッスンがある。
今日はサジータとダンスの打ち合わせの予定がある為、 楽屋へ向かって足を踏みだした。
そこへ
「昴さん、おはようございます。結婚して下さい!」
「おはよう、断る」
「…お前ら、何やってんだ?」
ちょど楽屋から顔を出したサジータに見られた。
怪訝そうな、愉快そうなそんな顔でこちらを見ている。
なんだか居心地が悪い。
「あ、サジータさんもおはようございます。昴さん、ぼく今日も諦めませんからね!」

そんな日々を繰り返す事数週間、
何度も断れば諦めるかと思ったが、一向にその気配がない
つくづく、あきれた男だ。
「しつこいと思わないのか」
「昴さんに本気で嫌だと思われてたら、すぐやめますよ」
「嫌だと言ってるじゃないか」
「嘘です。だってぼくが声をかけると一瞬嬉しそうな顔しますもん」
くっ、自分でも気をつけてはいるんだ。
でも、新次郎に声をかけられると今日もまだ諦ないでいてくれたのかと安心する。
彼が忙しくて会話出来ないときは、ついに見限られたんじゃないかと絶望する自分がいるのは否定できない。
おそらく新次郎は僕のそういった感情を無意識のうちに感じ取っているのだろう。

さらに数週間が過ぎたが、やはり彼はあきらめない。
「あ、新次郎おはよ!昴さんなら楽屋にいたよ。今日もプロポーズがんばってね!」
「しんじろー、がんばれ〜リカもおーえんしてるぞ!」
「大河さん、希望は持ち続ければいつか現実の芽になります」
「よくやるねぇ、ま、がんばんな、願いが成就したら式はハーレムの教会でやりなよ。皆で祝ってやるからさ」
彼のプロポーズはすでに日常生活の一部になってしまっている。
いけない、このままでは彼と別れた意味がない。
…別れたと思ってるのは僕の方だけのような気もするが。
「昴さん、ぼくと結婚するのが嫌なんですか?」
違う、嫌なのは、彼が望むものを与えてやれない自分だ。
このままではいけない。
だから彼に、賭けを持ちかける事にした。

「新次郎、賭けをしよう。もしその賭けに君が勝ったら
僕は君の望み通り、君と結婚しようじゃないか」
「本当ですか?!」
「内容は…」

賭けの内容を聞いた新次郎は、一瞬にして真っ赤になった。
賭けの内容、それは
彼が25の誕生日を迎える前に、僕が妊娠し無事にその子が生まれたら、
子どもの1歳の誕生日に結婚しよう、というものだった。