当日3

それから二人で救助活動をして、やっと一息ついた頃には夕方になっていた。
「昴さん、今日はごめんなさい。
 もしよかったら、夕飯を食べに行きませんか?」
「いや、いい…今日は帰る」
沈んだ僕の様子に心配をしているのは分かる
でも今は笑顔を返す気にはなれなかった。
「疲れちゃいましたか?じゃぁ送りますね。」
そう言って、僕の手をとり、僕の滞在するホテルへ向かって歩き始める
つないだ手から彼のぬくもりを感じて、僕は切なくなった。
でも離すことも出来なくて、ぎゅっと力を入れて握り返した。
それに気がついて、振り返り僕に微笑みかける。
それでも僕の気持ちが晴れることはなかった。

やがてホテルの僕の部屋に着きルームサービスで紅茶を頼んだ後、
紅茶が運ばれてくるまで僕たちは一言も言葉を交わさなかった。
僕らの前に紅茶が並び、いつまでも沈黙していても仕方ないと思ったのか
新次郎が口火を切った。
「昴さん、なんだかとっても落ち込んでいるようですけど
 大丈夫ですか?」
彼が自分を大事にしていてくれる事は痛い程分かる。
そしてそれに文句を言おうとしている自分は
なんて贅沢者なんだろう
「昴さん?」
「僕が、いっしょにあの場所で救助をしたいと言った時、
君は最初は渋っていたけど、僕が必死に頼んだら、僕があの場にい続ける事を承知してくれたよね」
「はい」
「では、もしあの時、あの時点で救急隊員が消火剤を撒き終わっていなかったら?
それでも君は僕があの場所にいる事を承知してくれたかい?」
「そ、それは…」
あの時、
泣く僕の涙をぬぐいながら彼は辺りを見回し、
その場所が危険でなくなったかそうでないか確認していた。
そして、危険はなくなったと判断したから、僕の滞在に反対するのをやめたのだ。
もし消火剤の頒布が終わっておらず、危険な状態だったら
きっと反対し続けただろう。

置いていくくらいなら、
連れていって欲しい

その僕の願いは、彼には受け入れてもらえない。
大河新次郎とはそういう人間だ。わかっている。
僕はそんな彼が好きなんだ。
でも同時に切なかった。

「君に置いていかれたら、僕はもう二度と笑えない
 今の僕の笑顔は君が与えてくれたものだ。
 君がいなくなったら、僕は笑い方を忘れてしまう」

うつむいた僕に、新次郎が予想以上に思い詰めたような声で言った。

「ぼくは貴方にそこまで思ってもらえるような人間ではありません」

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