当日2

そこは、ひどい有り様だった。

バスが転倒し、そのまきぞえをくった車が街のポストにぶつかり通行道に乗り上げ、辺りにはオイルの匂いが充満していた。
「下れ!危ないぞ。このラインから中に入るな!!」
救急隊によって、仕切り線が引かれ、一般人が中に入れないようになっていたが
きっと、彼はこの中にいる
僕は仕切り用に引いてあったテープの下をくぐって中に入り込んだ。
「こら、待て!!」
救急隊員が声をかけてきたがかまうものか
「新次郎!」
オイルの上に白い消火剤を撒く救急隊員達の間をすり抜けながら
彼の名前を呼ぶ。
そして、転倒したバスの中からけが人を担いで出てきた新次郎を見つけた。
「昴さん?!なぜ、ここへ?!」
「なぜ?だと?それはこちらが言いたい。
 こんな事態に巻き込まれているならなぜ僕を呼ばなかったんだ!」
彼は苦しそうに顔をゆがめて僕から目をそらした。
僕にだって怪我の応急処置など一通りの知識はある。
救急要員として役に経つはずだ。
なぜ、僕を呼ばなかったんだ。
新次郎は担架を持ってやってきた救急隊員に担いでいた怪我人をあずけながら言った。
「昴さん、ここから離れて下さい」
「まだ言うのか?!」
昴は考える。なぜ、彼は僕を遠ざけようとするのか
その時ふと鼻をつくオイルの匂いから、彼がどうして僕を遠ざけようとしたのか気がついた。
この状態でエンジンから引火でもすれば大爆発を起し、この辺りは吹き飛ばされるだろう。
だから、彼は僕を呼ばなかったのだ。

自分が知らないうちに、新次郎が命の危険にさらされていた
いや、今もさらされている

それに気がついた瞬間
目の前が真っ暗になるほどの目まいと恐怖を感じた。
もしも、彼がいなくなったら?
置いていかれたかもしれない、という恐怖に身体が震える
そしてその恐怖の後、僕の心を支配したのは怒りだった。
「昴さん、お願いですからここから離れて下さい。
 ここの救助は僕が1人で手伝います」
バシン!
僕が彼の頬を張り飛ばす音は周囲の喧騒にまぎれながらもよく響いた。

二人で生きる
もちろんそれが最上の選択肢だ。
でもどう努力してもそれが出来ないのなら

呆然とする彼の胸ぐらをつかみ僕は叫んだ。

「置いていくくらいなら…
 置いていくくらいなら、連れていけ!!」

まっすぐに彼の瞳を睨みつける。
僕の心が届くように
戸惑う彼の顔が次第にぼやける

「泣かないで、昴さん」
「お願いだから、僕を置いて、いくな。
 昴を1人にしないでくれ」

崩れ落ちそうになる身体を、新次郎の体にしがみつくようにして支える
新次郎はそっと僕の肩に手をまわし、もう片方の手を僕の涙をぬぐってくれた。

やさしく頭をなでられ続けているうちに少し落ち着いたので
僕が顔を上げると、彼は辺りを見回しているところだった。
僕も少し辺りを見回してみる。
と、頬にかかった彼の手に力がかかったのを感じて
再び顔を上げると、にっこり笑った彼と目があった。
「わかりました。昴さん。ここでいっしょに救助作業をしましょう」

……昴は悲しかった。
彼に僕の心が伝わらなかった事が分かってしまったから。

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