前日

太陽が沈んで、辺りはだいぶ暗くなってきた。
今日は公演がないから、売店が閉店した後のロビーはお客さんの姿もなく、がらんとしている。
いつも人がたくさんいる場所にぽっかり空間が出来るとなんだかとても寂しいような気がする。
早くこの場を離れて昴さんに明日の為の連絡を入れよう。
そう思っていそいそと鍵を締めているぼくに
その寂しい空間を一刀両断するかのようなにぎやかな声がかかった。

「新次郎!」
「しんじろー!!」

この二人が現れただけでさっきまでのどこか寂しい雰囲気はどこかに飛んでいってしまったみたいだ。
嬉しくなってにっこり笑って二人を出迎える
「ジェミニ、リカ、まだ残ってたの?何か用事?」
「あのな、あのな、リカ、券もらった!」
「券?」
「うん、あのねさっき執務室に行ったらサニーサイドさんにもらったの、
遊園地のタダ券だよ。取引先の人にもらったんだけど、自分はいらないからって」
「なぁしんじろーも行こ!リカたちと一緒に明日は遊園地だ!」

明日は駄目だ。
昴さんのお誕生日でいっしょに過す約束があるから

「リカ、ごめんね。明日は他の用事があるから駄目なんだ。違う日じゃ駄目かな?」
「むーこの券明日までだってサニーサイド言ってたぞ」
「あ、もしかして明日は昴さんのお誕生日だから…」
「すばる誕生日なのか?!ならすばるも一緒に行こう!!」
『えぇ?!』
ぼくとジェミニの声が重なる。
明日は昴さんと二人っきりでデートの約束なのにー

口滑らせてゴメン、新次郎

ジェミニが視線で訴えてくる。
うぅこうなったら正直にリカに話すしかない

「リカ、ごめん。明日はぼくと昴さん二人で過すから駄目」
「むー!!しんじろーすばるを独り占めする気か?!ずるいぞ!!」
「ずるくても駄目!!昴さんはぼくと過すの!」
思わず本気でリカとにらみ合ってしまう
「新次郎…大人げないよ…」
うぅ、分かってるよ。でも譲れないんだ。
「リカ、明日はボクと二人で行こう、ラリーも連れてってあげるから」
「むー」
まだ納得していないリカに向かって、ジェミ二はさらに言った
「あ、そういえば楽屋にケーキが…」
「ケーキ?!ケーキっケーキっくるくるくる〜♪行くぞ!ノコ!」
ケーキと聞いた瞬間、リカはぼくとにらみ合っていた事をすっかり忘れたかのようにすっ飛んで行ってしまった。
「新次郎、明日は昴さんと過すんだね」
「うん!」
明日の約束を思い出して、ぼくはいっきににこにこ顔になってしまう。
きっと今のぼくは幸せいっぱいの顔で返事をしているに違いない。
「本当に昴さんが好きなんだね、よかったね、新次郎、それに昴さんも…」

好きな人がいて、その人の事を考えるだけで
こんなに嬉しい気持ちになれるなんて
なんて幸せなんだろう

「新次郎、今幸せ?」
「もちろん!ジェミニ読心術でもあるの?
ぼくまさに今自分はなんて幸せなんだろうって思ってたとこだったよ」
「よかった、キミが幸せなら…ーーー」
ジェミニは何かとても切なそうな表情で、何かを堪えているようだった。
「…ジェミニ?」
でも、ぱっと顔を上げてぼくの方を見たときには
いつもの明るくて元気なジェミニに戻ってた。
「なんでもない!
 明日はボク、リカと楽しんで来るから
 そっちはそっちで上手くやりなよ!じゃあまたね!!」
ジェミニ?
聞き間違いかな…ささやくような声だったから
よく聞こえなかったけど

(よかった、キミが幸せなら…諦められる)

諦めるって何を?
ジェミニが何を諦めたのかぼくにはさっぱり
見当がつかないけれど、でも、それはきっとぼくに
関係があって、ぼくが忘れてはいけない事なんだと直感した。

もしかしたら、ぼくは気がついているのかもしれない。
でも、彼女はぼくに気がついて欲しくないと思っている
これ以上考えちゃいけない
でも決して忘れてはいけない
無性に昴さんの声が聞きたくてたまらなくなった

デートはいよいよ明日。
早く明日になればいいのにと、強く思った。

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