「すまない、つい懐かしくて二人で盛り上がってしまった。
僕は九条昴。レニとは古くからの付き合いだ」
「あの…ア、アイリスです。はじめまして…」
彼女に会うのは初めてだが、 彼女は本来もっと明るく天真爛漫な少女なのだろう
全身から周りをあかるく、やわらかい雰囲気にさせるような気配を放っていた。
それが今では見ていて可哀想なくらいに脅えている。
「こちらこそ、はじめまして。アイリス
しばらく帝劇に世話になる予定だから、これからよろしく頼むよ」
言って、手を差し出す。
「いやっ!」
脅えた彼女は僕の手を振り払いレニの背後に逃げ込んだ。
「あ!あの…、アイリス…」
手を振り払われた僕よりもよっぽどショックを受けたような顔をしてうつむく。
「アイリス?」
レニが驚きと心配の入り交じった声をかける
「…いいや、かまわないよ」
少しでも彼女を安心させようと優しく言った。
彼女が僕を怖れる理由はだいたい察しがつく。
昴の霊力は並外れて強い。
霊力が高すぎて命までもおびやかやしていたダイアナよりもさらに強く
「人間の範疇を越える」といわれた事もある。
にもかかわらず、昴の命に別状がないのは、その強い霊力を常に制御している為だ。
だが、少しでも制御を外れれば、周囲に多大な被害を与える大きな力になる。
アイリスは、そんな僕の状態を一目見て察したのだろう
確か資料によると、アイリスは霊力の暴走により活動写真館を吹き飛ばしたという記録があったはずだ。
霊力の暴走による危険は身をもって知っている、という事か。
僕が目を向けると彼女はさらに脅えてレニの後ろに隠れた。
「レニのお友達なのにアイリス怖がったりして…、ひっく…」
どんどん、暗い表情になり、ついには瞳に涙まで浮かべてしまった。
「アイリス、落ち着いて」
レニが声をかけるも、一度泣き出してしまえば止まる気配はない
(どうしても『怖い』)
そう感じてしまう心は、どうしようもないものだ
自分で制御出来るものではない
泣き続ける彼女を見るのが忍びなくて、昴は言った。
「導火線に火のついた爆弾を怖れるのは当然の事だ」
「爆弾?」
「アイリスから見た、僕の状態だよ。レニ」
彼女から見れば、僕はそれくらい危険な存在に見えるだろう
見た瞬間その場から逃げたしたくなるほど恐ろしい 。
「ごめんなさい!アイリスがいけないの。昴、ごめんなさい」
一瞬、レニが何かに気がついたかのような表情をして、
その直後、慈しむような表情で彼女を見、そっと優しい手つきで頭をなでた。
そして僕もそのレニの表情とアイリスの謝罪の言葉で気がついた。

彼女はただ、僕が怖くて泣いている訳ではない。

強すぎる霊力への恐怖と、そう感じてしまう事に対する僕への罪悪感で泣いているのだ。
資料で見た彼女の過去を思い出す。
幼い頃、強い霊力ゆえに皆から怖れられ、城に閉じこめられていたと…
強い霊力を持つがゆえの孤独を誰よりも知っているからこそ
自分が他人の霊力を怖れて、恐怖してしまう事に対する罪悪感はとても強いのだろう。
「君は、霊力を察知する能力がとても強いんだね」
アイリスはこくりとうなづく
「その力があるからこそ、昴を怖れる」
「ご、ごめ…」
「あやまらなくていい。それはとても素晴らしい力だ」
「え…?」
「その力があるから、仲間に危険がせまったとき、誰より先に気がついて警告を発する事が出来る」
きょとんと、こちらをまっすぐに見てくる。
やっとまっすぐ昴を見てくれた。
その事が嬉しかったのと、彼女を安心させたくて、僕はにっこりと笑みを浮かべる。
「爆弾を爆弾と知らず、触れてしまえば大怪我をする。でも君は事前に危険を察知して皆を守る事ができる。
君にしか出来ない、素晴らしい力だ」
目をまるくして、こちらを見てくる彼女はもう泣いてはいなかった。
よかった。
「少しくらい怖がられても、昴は気にしないよ。その力を誇りに思って大事にするといい」
「ごめ…、うぅん!ありがとう、昴!!」
「なっ!」
さっきまで、脅えていた様子が嘘のように
一転してアイリスは僕に飛びついた。
予想外の事に、僕ともあろうものが、思わず声を出してよろけてしまう。
「アイリス?!」
おもわず声を上げたレニを気にもせず、ぎゅっと抱きついてくる。
「さっきまで怖がっててごめんね。
そんでもって、そんなアイリスを許してくれてありがとう!
昴、アイリスのお友達になってくれる?」
抱きついて、僕の胸元に顔を埋めてくる
表情はこれ以上はないというくらいの特大の笑顔だ。
「昴が怖くないのかい?」
「うん!アイリスもう全然平気だよ!」
顔を上げて僕を見あげた。
綺麗な蒼い瞳。幼い顔立ちのなか、神秘的な瞳がまっすぐに僕の目を見た。
「昴はもし自分の霊力が暴走して、周りの人を危ない目にあわせそうになったら、
周りを壊す前に、自分を壊す。そんな人だよ。アイリス、お話しててそう思ったの 」
僕とレニは驚いて目を見張った。
「アイリス、昴が心配だよ。自分を大事にしてね、ね?」
僕は抱きつかれた拍子に浮いていた手をそっとアイリスにまわした
「大丈夫、僕の命は、僕がこの世で一番大切に思っている人が持っているから、
彼がいらないというまで、自分の意志で捨てる事もできないんだ」
「どういうこと?」
「僕が死んだらとても悲しんで泣いてくれる人がいるって事さ。
彼を悲しませたくないから、昴は自分を大切にしようと決めている」
言って、彼を思い出す。
もし僕が死んだら彼はきっととてもとても悲しむだろう
彼を悲しませるのは、昴も辛い。 だから僕は彼も自分も大事にする。
「す、すすす、昴さん?!なに可愛い子と道の真ん中でだ、だだだ抱きあっ…」
振り返ると、海軍の支部に行ったはずの大河がいた。
「大河?随分早かったな」
「昴さんが気になって気になって、報告どころじゃなくなちゃったんで、
引き返してきたんです!それより問題なのはその、その昴さんの今の状態ですよ!」
「あのお兄ちゃんが、昴の大切な人?」
アイリスの問い掛けに、微笑みで答える。
「あー!何微笑みあってるんですか!」
僕は腕を伸ばしてレニも抱き寄せる。
「え、昴?!」
驚くレニにはおかまいなしに、
左手にアイリス、右手にレニを抱き大河に向かって笑顔で言った
「大河、僕の古くからの友人と新しい友人を紹介するよ」
唖然とする大河を傍目に、アイリスとレニと僕は3人で微笑みあった。

 

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