久し振りの帝都は以前とはまったく違って見えた。
紐育のように派手な装飾はほどこされていないものの
人々は活気に満ち、生き生きとしているように見える。
こんなにも違って見えるのは、彼と歩いているからだろうか?

 〜 ちょっとだけ、幸せになれますように 〜

紐育には平和な日々が続き、シアターではひとつの公演が終了した。
次の公演までは間があり、久し振りにのんびりとした日々をすごせるかもしれない、
そう思っていた矢先、彼が言った。
「昴さん、いっしょに日本に帰国して下さい」
真面目な顔でまっすぐこちらを見ている
ふむ…昴は扇子を口元にあてて、小首をかしげてみせた
「順番が違うんじゃないか?」
「順番?」
「 両親に僕を紹介してくれるなら、それより先に僕に言う事があるだろう?」
「え、あ!ち、ちちち、違います!!」
「そうか…やっと心を決めてくれたのかと思ったのに…」
言って、悲しそうに目を伏せて見せた。
「あ、いや、そうじゃなくて!そりゃいつかは…」
「ふふ…本当に思うがままだな、君は。」
「あう〜」
話はラチェットから事前に聞いていた。
大河が紐育華撃団の隊長として、隊員1人を連れて帝都の帝国華撃団を視察に行くと。
誰を連れていくかは隊長である大河の一存で決めて良い、そんな話だったはずだ。
「大河君は、きっと貴方を選ぶと思うから準備しておいてね」
ラチェットはそう言ったし、自分でもきっと選ばれるだろうとは思っていた。
だが、それでも大河に「いっしょに帰国して欲しい」と言われた瞬間
全身を喜びが駆け抜けた。
彼を信用していない訳ではもちろんない。
それでも実際に選ばれた瞬間は嬉しいと思う。
これが恋というものか
昴は彼に出会って本当に変わった。
「あの…昴さん。それで返事は?」
「昴は答える。もちろん了解する、と。共に日本へ行こう」
破顔する彼に、僕も笑顔を返した。

そして数日後、僕は大河と共に帝都への船に乗り旅立った。

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船は朝の8時に帝都に着いたものの、
帝劇には1時に行くと連絡をしてあったらしい。
「せっかくですし、早めに行って食事したり、銀座の街を歩きませんか?」
「ふふ…デートかい?それはいいね」
彼と二人で銀座の街を歩く…
それはとても楽しい事のように思えて心が浮き立つのを感じた。
もちろん紐育の街を歩くのも楽しかったが…
つまり、彼といっしょならどこでも楽しいのか
改めて実感して思わず1人で赤くなる
「昴さん?!熱でもあるんですか?顔が赤いですよ。
そうだ、一郎叔父にお願いして、1時と言わずすぐに帝劇に部屋を
用意してもらって休みましょう!!」
「ま、待て大河。大丈夫だから!」
心配する彼をなんとかなだめて、足取りも軽く銀座に向かった。

銀座には以前にも来た事があるが…
そのときは、そこにいる人々も、建物もとても無機質に見えたのに
今は人々の息吹を感じる。
そんな風に見えるようになったのは、彼がいるから。
彼が昴を変えたから。
知らず微笑む。
だが、その直後、僕の機嫌を急降下させる事を大河が言い出した。
「あ!ぼく、海軍の上官に報告書を出さないといけないんでした!」
「…それは今すぐに出さないといけないものかい?」
「いえ、なるべく早く、との事ですが、せっかく帝劇での待ち合わせまで時間もありますし
ぼく、ちょっと行ってきます。付き合わせるのも悪いですし
昴さんは銀座の街を楽しんでいて下さい」
「…昴に1人で過せ、と?」
「だって、船の中ではずっとぼくと一緒でしたし…昴さん自分の時間を取りたくないですか?
ぼく、自分がうっとおしく思われてないかずっと心配だったんです」
わかってない!
彼は昴の事を全然わかってない。
一ヶ月もの間ずっと彼を独占できて、昴がどんなに嬉しかったか。
てっきり彼も自分同じ気持ちだと思っていたのに。
そう、船旅の間、彼はずっと楽しそうだった。
いつも1日1回は「昴さんと船旅だなんてうれしいです!」
と言っていたくせに。
…なんだか腹が立ってきた。

「そうだね、では好意に甘えて僕は1人の時間を楽しませてもらうよ」
言って、足音も荒く彼の側を離れた。
後ろで彼が何かをいいかけた気配を感じたが、あきらめたのか
海軍の支部へ向かったようだった。
いらいらしながら銀座の街を歩く。
さっきまではあんなに色づいて見えた街も、今はなんだか色あせて見える。
自分はこんなにも彼に左右されるようになっていたのか…
不機嫌さを押し隠しつつ、店を見てまわった。
楽しいとは思えなかったが、暇つぶしにはなる。

「もしかして、昴?」
声をかけられ、振り返るとそこには懐かしい人物と、
ふんわりとした金髪に、くまのぬいぐるみを抱いた少女がいた。
「レニ、それにそちらはイリス嬢だね」
欧州星組時代の同胞であるレニと、資料で見た事のある帝国華撃団の隊員の1人
イリス嬢だ。
「ひさしぶり…、元気、だった?」
そう言って、レニは淡い笑みを浮かべた。
それを見た僕は思わず目を見開いた。
笑み?レニが?!
ラチェットからレニが変わったとは聞いていたが
やはり実際に見ると驚くものだ。

「あぁ。君も良い時間を過していたようだね。
 今の君はとてもいい顔をしているよ」
「ありがとう、昴も、とても変わったね。」
「ふふ…ありがとう」

懐かしさもあって、ついレニと話しこんでしまったが、
ふと、イリス嬢に目を向ける
僕が目を向けた瞬間の彼女の表情
それは恐怖だった。

彼女は僕を怖れている



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