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『フェアリー・ソウル』
妖精はどこにいると思う?
本の中。おとぎの国。空想の世界。
花畑。森の中。すぐ近くで隠れてる。
いるわけないよ。
いるよ。いるけど見えないだけだもん。
じゃあ何で見えないのさ?
見えないのに何でいるってわかるのさ?
・・・・・・・・それは・・・・・
―――――妖精はどこにいるんだろう。
「おばあちゃんっ」
勢いよく扉をあけて走り込んできた、それこそ目の中に入れても痛くない程
可愛い孫娘を抱きとめて、ボクの協力者は思わず後ろのソファーに倒れかけた。
「まぁ、カーシャ?どうしたの?」
すかさず彼女の後ろに回り込み、勢いを殺して自然な形でソファーに
座らせる。彼女がちらっとボクの方を見る。
その眼差しだけで彼女の意志が伝わった。
〈どういたしまして〉
クスっと笑うと、彼女――マダムと共に幼い少女を覗き込んだ。
小さな肩を震わせて時々しゃくりあげながら泣いているカーシャの様子に
マダムの表情が曇る。
「どうしたの?カーシャ。何か悲しい事があったの?」
それでも、カーシャの高ぶった感情をなだめるように、ゆっくりと幼女の
背中を軽く叩きながら優しく問いかける。
〈転んだとかじゃないみたいだね。怪我はしてないよ〉
素早く観察したボクの言葉にうなずいてマダムがカーシャを膝に抱き上げた。
「カーシャ?」
「・・・・ぅっく・・おばあ・・ちゃん・・・」
「うん?」
「・・・あ・あのね・・・妖精さんは本当は・・いないの?」
しゃくりあげるのをなんとか堪え、途切れ途切れに紡がれたカーシャの
意外な問いかけに、マダムの瞳が真ん丸に開かれた。
「どうしてそう思うの?」
しかしすぐに微笑みを浮かべてカーシャの瞳を覗き込む。
大きな瞳にたたえた涙をぬぐって、そっと頭をなでた。
「お友だちが言うの。妖精なんていないって。
妖精もサンタクロースも全部作り話だって言うんだもん」
「あらあら」
マダムの表情が微笑から苦笑へと変わる。
ボクも思わず苦笑した。ついでにマダムの横に座り込む。
当然の事ながら、ソファーが身体の重みで沈む事も僅かな軋みもない。
〈精霊ならここにいるんだけどね〉
《正義》のタロットカードに宿る、精霊。
妖精、にニュアンス的には近いかもしれない。もっとも、未だかつて
妖精といった存在を見た事はボクですらないけれども。
「妖精さんはいるんでしょ?だっておばあちゃんに読んでもらったお話の中には
たくさんの妖精さんが出てくるし、この間パパとママと一緒に見に行った
バレエにもたくさんの妖精さんがいたのよ」
子供特有の夢想と現実の交錯。
純粋ゆえに微笑ましい、けれど、真剣な眼差しにマダムはゆっくりと
カーシャに語りかける。
「カーシャはどうなの?妖精の存在を信じますか?
それともやっぱりいないと思うの?」
「いると思う・・・でも、あたしも見た事がないんだもん・・・・」
徐々に語尾が小さくなって揺れる瞳。
自分が信じていた世界の揺らぎを初めて感じて、不安になっているのだろう。
まだ、世界は自分だけのもので。
無条件に愛される、そんな時間はとてつもなく短いけれど。
ここにいる少女は、まちがいなく大切に宝物のように愛されていた。
少女がこの世に生を受ける前から。
ボクが選んだ協力者が残りの人生を全てかけて守りたいと願う少女。
マダムの望む通りに、明るく元気で、純粋な心を持つ心優しい女の子へと
順調に育っているカーシャ。
そして、マダム。
カーシャがこれからも心健やかに生きていけるように、その為だけに、
自らの心を傷めるのもかまわずに戦う力を求めている。
今までの僕の協力者の中で、一番無欲で争い事を憎む、およそ『運命のタロット』の
関係者には向かない人。
だけど、今までのどの協力者よりも、ボクが守りたいと思い悲しませたくないと
願う人だ。
「カーシャは目に見えないものは信じられない?」
「・・・・・だって・・・・わからない・・・」
「大切なものはいつも形がないものなのですよ」
不安げなカーシャの瞳を覗き込みながら、マダムがゆっくりとカーシャでも
わかるように言葉を選びながら話していく。
「見えなくても大切なものはたくさんあるのですよ。カーシャが今吸っている空気も
見えないけれど、大切なもの、形のないもの。でも必ずあるものでしょう?」
「うん」
「おばあちゃんがカーシャを愛している事も目には見る事が出来ないわね。
カーシャはおばあちゃんが嘘を言っていると思いますか?」
「思わないわ!おばあちゃんは嘘をつかないもの!」
ぶんぶんと勢いよく首を振ると、カーシャはマダムに抱きついた。
「カーシャもおばあちゃんが大好きだもの。嘘じゃないもの!」
「わかっていますよ。ありがとう、カーシャ」
心から嬉しそうに孫の頭を撫でて笑うマダム。その笑顔はまるで少女のように
あどけなく可愛らしいものだった。
この心の純粋さにボクは救われたんだ。
年を重ねていけば大人になれるわけじゃない。
帝政ロシアの末期、そして世界を巻き込んだ大戦争。
そんな暗黒の時代を生き抜いてきたマダムなのに。
世間の嫌な面など嫌と言う程見てきたのに。
それでも心の純粋さを失っていない。
『大切なものはいつも形がないもの』
形があるのかないのか。微妙な存在のボクを当然のように受け入れ、
まるで自分の子供のようにいつも本気で心配し守り、時に叱ってくれる。
この人を戦いに巻き込んでしまった事を悔やみたくなる程。
でもマダムはボクの存在を当然のように認めてくれたように、ボク達プロメテウスの
意義も認めてくれてる。
『人類の歴史は理不尽な不幸が多すぎるもの。そんな歴史を変える事ができるならば
協力を惜しみませんよ』
争い事が嫌いなマダムが真剣な瞳で始めてボクに誓った言葉。
この人を悲しませたくない。
自分の協力者相手に心から思ったのはこの人が初めてだった。
「大事なのは心で感じる事ですよ。妖精もカーシャがいると信じていれば
必ずいるのでしょうね」
「うん!カーシャは信じるわ。だって妖精さんがいたら嬉しいもの」
「そうね」
迷いの消えたキラキラとした眼差しでマダムに笑いかけるカーシャの頭を
ボクがポンっと撫でる。
ん?
マダムがボクを見てニヤっと笑った。何かを思い付いた、悪戯っ子のような瞳。
「内緒の話をしましょうか。おばあちゃんはね実は妖精のお友だちがいるのよ?」
「本当?!おばあちゃん!」
〈ち、ちょっとマダム?!〉
焦るボクにパチンっとウインクを投げてよこすマダム。
「本当よ。おばあちゃんと妖精のお友だちとの秘密だったのだけれど、カーシャがい
い子だから特別に会わせてあげましょうか」
マダムが何を言わんとしているかボクにははっきりとわかる。身体に実体の属性を持
たせれば霊格を持たないカーシャにもボクの姿を見せる事はできる。
できる、けど。
「おばあちゃんお願い。カーシャにも会わせて。もっとカーシャいい子になるから。
だから妖精さんに会わせて」
「そう言ってるけれど、どうかしら?坊や」
〈そこでボクに振る?〉
カーシャとは反対側の椅子。すなわちボクの方を見て促すマダム。当然カーシャには
ボクの姿は見えないはずだけれど、そこに妖精がいると反射的にわかったのだろう。
期待に溢れる眼差し。手まで胸の前で組んでボクが現れるのを待っている。
〈・・・・・しょうがないね。マダムのお願いだもの〉
軽く肩を竦めてボクは2人の望みを叶えるべく姿を転じた。
「わあっっ!!」
カーシャの歓声にマダムが満足げに微笑む。
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