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  生まれたての光へ

カレンダーに小さな赤いマークついてる事、気付いているのかな、あいつ。
あたしの誕生日。
あいつと出会って、好きになって。
多分あたしにとっては特別な年の、特別な誕生日なんだけど。
気づいてないかもね、言ってないし。
色々あって、今一番近くにいて、一番大切な存在になった。
でも、あたしは相変わらずあいつが何考えているか、よく分からないし。
あたし達は、協力者で。一応、恋人。
まぁ、世間一般の恋人同士ってわけじゃないから、
プレゼントとかを期待してるわけじゃないんだけど。
−−−−−気付いてくれてるのかなぁ。ねぇ、《魔法使い》?
たった一言、お祝の言葉だけでいいからあたしにくれる?
なんか、悪戯を仕掛けた時のようにどきどきしてる。こんなに自分の誕生日を
待ち望むなんて何年ぶりの事だろう。
気付いててよね?
あたしに負けないくらい女の子の気持ちに鈍感な人だけど。
信じてるからね?《魔法使い》。

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イライライライライラ・・・・
と同時に隠しようのない不安が胸に沸き上がってくる。
《魔法使い》がいないから。
朝から1日。もう日付けが変わろうとしているのに、今日は一度も姿を見せないのだ。
思念をこらしても、一番馴染みの深い存在が感じられない。
「・・・どこ行っちゃったのよ・・・」
机に突っ伏しながら、我ながら情けないと思う弱い声が唇から漏れた。
手にしている《魔法使い》のカード。
宿主のいない奇妙な空白の部分には何も写し出されない。
何度か呼び掛けても反応がなかったのだ。
不意にぞくり、と身体が震えた。
前にもこんなことがあったから。
時の縦糸で離ればなれになって、全然連絡も、
どこの時代にいるのかも分からなかった時と、似てる。
もしかして、あたしのしらないところでフェーデに巻き込まれてるんじゃ・・・!
・・・・ううん。まだそうだと決まったわけじゃない。
ただ面倒くさがって返事してこないだけかもしれないし、
ふらっといなくなるなんていつもの事だし。
何より、子供じゃないんだから側にいないからって心配することないじゃないか。
「ああもうっっ。《魔法使い》の莫迦っっ!!
一体どこで何やってるのか連絡ぐらいくれたって
良いじゃない、まったく!」
カタンっと小さい音を立てて窓を開いて夜の空を見上げる。
曇った夜空には小さな星すら、何も写らない。
広がっていく不安と寂しさ。
いつの間にか、側にいてくれないと不安になる。
突然現れて、協力者としていつも側にいるから、そこにいることが当たり前になっちゃって。
ついこの間までひとりだった部屋が、急に広く寒くなったような気がする。
「・・・・・どこにいるのよ・・・莫迦・・・」
微かなつぶやきがポツリと唇から漏れた。
だけどその言葉に答えてくれる声は返ってはこなかった・・・・・

「−−−−・・・こ・・ライコよ・・・・」
ゆさゆさ・・・
身体を揺すられる感覚と微かに聞こえる声に、あたしは重いまぶたをなんとか開いた。
「起きたか、ライコ」
「−−−−−ん・・・?って・・・うわあっっ?!」
べしっっ!
いきなり目の前に浮かんでいた超至近距離の顔を反射的に叩いた。
・・・いくら免疫がついたからって、寝起きにこの美形のアップは心臓に悪いと思う。
火照った顔を隠すように回りをきょろきょろと見渡すと時計の文字盤が目についた。

−−−−−午前2時・・・・
「・・・・あんたねぇ・・・1日姿見せないと思ったらこんな時間に叩き起こして。
何考えてるのよ!」
・・・そうか。あたしいつの間にか寝ちゃってたんだ。
窓際にもたれ掛かるような格好で寝てたようで、身体がちょっと痛い。
「驚いたからとはいえ《魔法使い》の顔を叩くのではない。
まったくライコは寝起きが悪いなぁ」
「普通、目の前に顔があったら誰だって驚くよっ」
「大声を出すと家族が起きるぞ」
冷静な《魔法使い》の言葉にあたしははっと口をつぐんだ。
眠る前のムカムカがまた蒸し返してきた。
《魔法使い》が無事なのが分かってほっとしたのもあるんだろう。
何だってあたしがこいつにこんなに振り回されなきゃならないんだ!
なんか心配して損したっ。
「起きたのなら行くぞ」
人の気も知らず《魔法使い》はあたしの腕を掴んで立ち上がらせてくる。
窓を開くと微かに湿った夜気がすうっと部屋に流れ込んできた。
「こんな時間にどこ行くっての?」
うろんげな目を向けるけど、そのポーカーフェイスは崩せない。
−−−−こんな時間に出かける時ってろくなことないじゃない?
過去の経験が瞬時に沸き上がる。
ムスっとして動こうとしないあたしをひょいっと抱き上げると《魔法使い》は
有無を言わせず夜空を上昇しはじめる。
「ちょっと《魔法使い》、あたしはまだ行くなんて言ってないでしょっ」
「あまり暴れると落ちるぞ」
あたしの抗議も何のその。口元に人の悪い笑みを浮かべてあたしを覗き込む瞳は、
まるで悪戯っ子のもの。
「何たくらんでるのよ、一体」
「すぐに分かるさ」
言いながら上昇するスピードを少し上げる。
あたしはいつの間にか《魔法使い》のマントに包まれていた。そのせいだろう。
この高度とスピードにもかかわらず寒さや息苦しさは感じない。
下を見てみると、すでに街の明かりは砂金のように細かい光の粒にしか見えない。
夜なので、実際に今どのくらいの高度にいるのかはよく分からないけれど、
今さら高さに恐怖することはない。
それにしてもどこまで行く気だろう。
・・・前もこんなことなかったっけ?
あの時は時間が止まってたからあたしは思念体だったわけだけど・・・まさか・・・

「・・・・《魔法使い》。どこに行く気なの?」
「もう着くぞ」
次の瞬間、身体が浮き上がった感覚ともう一つ。知っている霊格が現れた。
  眼下に広がる、蒼く浮き上がる地球。
  漆黒の宇宙空間。
運命のタロットの関係者でなければ決して生身で来ることは出来ない場所。
  「こんばんは、ライコちゃん」
その闇に現れたまばゆい光の中からよく知る精霊が現れた。
思った通りの相手の出現にあたしは心底嫌な顔をしたと思う。
  そして沸き上がってくる怒り。
  この状態でこの女が現れるって事は、つまり。
  「あたしは絶対に嫌、だからねっ!」
  「まだ何も言っていないぞ」
  「フェーデなんてやらないっ。帰るよ、離してっっ」
ジタバタと《魔法使い》の腕から抜け出そうと暴れるけどびくともしない。
今日が何の日か分かってる?
よりによって今日、あたしにフェーデをさせる気なの?
「落ち着くのだライコよ。あまり暴れると落ちるではないか」
「酷いよ。心配してたのに、何やってたのかと思えばフェーデの段取り?
いくらあんたの協力者だからって言ってもこういうのは絶対嫌っっ」
「違うのよ、ライコちゃん」
《運命の輪》がなんか言ってるけど、いいかげん頭に来てるあたしの耳には
全然入ってこない。
「人の事なんて全然考えてないんだから」
「そんなことはない」
「あるじゃん。何の相談もなしにかってにフェーデ決めてきてっ。
自己中のとこは相変わらずだしっ」
「・・・・取込み中悪いんだけれど・・・」
「少し《魔法使い》の話を聞いてはどうなのだ」
「聞くまでもないよ。離して。あたしは帰って寝るんだからっ」
「・・・・勝手に始めさせてもらうわよ・・・」
カクンっと突然意識がぶれる。
《魔法使い》と口論していたのを一時中止してきょろきょろと回りを見渡した。
巨大な輪が回るカラカラという軽い音だけが耳に届く。
眩しい光に貫かれて、そして又漆黒の闇に戻る。
過去に戻ってる?
どうやら場所の移動はしていないらしい。光と闇の繰り返しが延々と続いているだけ。
「《運命の輪》?」
「これは《魔法使い》への報酬なのよ」
振り向いた《運命の輪》がにっこりと微笑んでくる。
あたしはまじまじと《魔法使い》を見つめた。
「どう言うこと?」
「・・・フェーデをするわけではない。ライコがフェーデが
好きではないのは分かっているからな」
「ちょっと待って!あんた一人でフェーデしてきたってこと?」
「・・・・そういうことになるな」
ぱちんっ!
考えるより先に手が出てた。
《魔法使い》が目を見開いてる。あたしも自分の行動に驚いてた。
手のひらに伝わってきた小さなしびれ。だけど、こういうのは納得いかない。
「なんで一人で行くのさっ。いくらあんたが自信たっぷりだって何が起こるかわから
ないんだよっ」
−−−−−身体が震える。
フェーデは嫌いだ。
出来ることならやりたくない。だけど。
・・・あたしの知らないところでそういうことして欲しくないよ。
何があるのかわからないのに、あたしの知らないところで
戦ってるなんて、そんなのは嫌だ!
もう2度と離ればなれになりたくない。あんな思いはもうしたくないのに。
「あたしはあんたの協力者じゃないの!?
一人で行くなら二人でいる意味なんてないじゃないか。
フェーデをやることより、あんたを一人で戦わせる方が何倍も嫌なんだからねっっ」
微かに震えてる手で《魔法使い》のマントをぎゅうと掴んだ。
分かってよ、《魔法使い》。
もうあたしは一人じゃいられないんだから。
相変わらずあんたに振り回されて腹が立つこと多いけれど、
だけどあたしにとって何より大切な人なんだ。
だから・・・心配させないでよ。
「・・・悪かった」
珍しく素直に《魔法使い》が謝りの言葉を口にした。
マントを掴んだあたしの手を大きな手で包み込む。
その温もりが震えを吸収していった。
頭をそっと撫でていく。
あたしを落ち着かせるように。何度も。
突然カラカラという音が止まった。
「お邪魔する気はないのだけれど、お望みの時間についたわよ」
はっ・・・忘れてた・・・
《運命の輪》、いたんだっけ・・・
慌てて《魔法使い》から離れようとしたあたしを楽しそうに見てる。
視線が「今さらでしょうに」と言ってるけど、やっぱり恥ずかしいものだ。
「ここっていつの時代なの?」
「一九六五年十一月十三日にあと五分でなるわ」
−−−−−え・・・?
「《魔法使い》の言い分もちゃんと聞いてあげなさいな。お邪魔虫は消えるから」
くすり、と上品な楽しげな笑みを浮かべると、
とたんに《運命の輪》の姿はまばゆい光の固まりに変化する。
「3時間後に迎えに来るわ」
そのまま彼女の霊格はこつ然と消えてしまった。
暗い宇宙空間がさらに闇に染まった感じがする。
・・・・いや、違う。
目線のやや下の地球を見ると、黒い球体を包み込むかのように金色の光が広がってきていた。
「もうすぐ夜明けだ」
「《魔法使い》。どういうことなの?」
あたしは《魔法使い》の瞳をジッと見つめた。
何もかも見透かすような宝石の瞳を。
「・・・ライコに心配かけるつもりはなかったのだが・・・
《魔法使い》にはこれぐらいしか思い付かなかったのだ」
「何が?」
「ライコに贈るものさ」
宝石の瞳が柔らかな光を放つ。あたしはその光に飲み込まれそうになった。
優しい、眼差し。
同じくらい優しい手があたしの身体を引き寄せる。
「見ろ、ライコよ。生まれたての光だ」
《魔法使い》の言葉と共に闇に馴れた目に眩しい程の光が溢れ出す。
宇宙の、地球の夜明け。
たった一度しかない、あたしが生まれた日の純粋で力強い光。
「・・・・これをあたしに見せるためにフェーデをやったの・・・?」
答えの変わりにあたしを抱き締める腕に力がこもった。
「《魔法使い》の協力者になった時から、ライコには大切なものたちと同じ時間を
過ごすことが出来なくなってしまったからな・・・」
ぽつり、と頭の上で呟かれる声。
「フェーデも含めて、ライコにはこれからも辛い思いをさせてしまうかもしれない。
歴史を守ることで理不尽さを感じるかもしれない・・・『運命のタロット』の
関係者となった運命を呪うかもしれない」
「そんなこと・・・」
「だが、《魔法使い》はライコが生まれてくれたことを運命に感謝している」
《魔法使い》・・・・
「この光の中で生まれて、ライコはライコになった。
・・・・ライコでなければ意味などないのだ」
「・・・・後悔なんてしないよ」
《魔法使い》の腕にしがみつきながら、小さなつぶやきを漏らす。
あたしの声は掠れて涙まじりだった。
「運命を呪ったりなんてしない・・・
今から生まれてくるあたしは絶対幸せ者なんだから・・・」
たくさんの祝福を受けて、あたしは生まれてきたんだ。
遠い宇宙から誰よりも大切な人の祝福を。
そしてたくさんの思いに支えられて、ここまで生きてきた。
何気ない日常が何よりも大切なものだって、今のあたしは知っている。
その生活を守ってくれた人達にあたしは心の底から感謝した。
生まれたばかりの真っ白なあたし。
これから出会えるんだね。あたしがあたしになった時に。
この傍若無人なくせして優しすぎる照れ屋の大精霊に。   

「・・・・ありがとう。《魔法使い》」
それ以上言葉にならなかった。
「相変わらずライコはすぐ泣くなあ」
苦笑と共に《魔法使い》の指が
あたしの涙を拭っていった。
「あんたが泣かせるようなこと
するからじゃんか・・・」
ポンポンと軽く頭を叩いていく手。
暖かい温もり。
誰よりも近くに感じられる存在感。
大好きだよ。《魔法使い》。
「これまでの、そしてこれからのライコに
光の祝福のあらんことを・・・」
大丈夫。忘れないから。
この光の貴さを。
どんなことがあったって側に
あんたがいてくれる限り、
あたしの心からこの光が
消えることはないから。
あたしは誇りを持って生きていけるよ。

                 

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気付いててくれてありがとう。
あたしの誕生日。
誰にもまねできない、素敵なプレゼントをありがとう。
そして、これからもよろしくね。
ずっと一緒に生きていこう、ね。
ねぇ、《魔法使い》。
今までのあたしに、これからのあたしに、心を込めて。
『ハッピー・バースディ』         fin


 副部長のコメント
 元は鈴ちゃんの誕生日プレゼントに送ったものですが、許可をもらったので
 のっけちゃえー。ちょうどライコの誕生日合わせでHPの運営開始だし♪
 相変わらず甘いですね(笑)
 いーの。あたしの原点だからさ(大笑)
 少しでも楽しんでくれれば幸いです。
 よかったら感想くださいね♪

部長のコメント
去年の誕生日プレゼントでこの小説もらったのです。
いやもう、最高のプレゼントでした!!私はライコに負けず劣らずの幸せものです!

\(^0^)/

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