【晴れ姿】


投稿者:藍さん


昔に戻れるならやり直したい−
殆どの人たちがそう言うだろう。昔の何も知らない時の自分でもきっとそう思ったろう。
だけど、今のあたしには、過去は絶対に変えられないと判っている。それでも、変えたいという
想いは変わらない。だからこうして、プロメテウスになる事を選んだんだ。

「おや、いらっしゃい。《女帝》さん」
『アカシック・レコード』の店に入ると、唯のおじさんである和国さんが笑顔で挨拶してくる。
つられてあたしもお辞儀をする。
「こんにちは、和国さん」

店内には誰もいない。ただ、いつもの『ホテルカリフォルニア』が流れているだけだ。
もちろん、そんな時間を選んであたしもここに来たのだけれど。
「珍しい。今日は着物姿なんだね。よく似合っているけれど、その髪の色が・・・ははは」
和国さんの言葉に苦笑で応える。
「唯が、成人式を迎えた日だからね、セーラー服じゃなくて、あたし自身もちゃんとしたいんだ」
「という事は、唯はここに来るのかい?」
「あと10分後に」
1965年1月15日12時40分。今まで唯にこの姿を見せた事はない。
なのに急にお祝いしたい、という気持ちになった。別にあたしまで着物姿にならなくても良かった
んだ。だから、きっとあたし自身も、成人式気分を味わいたかったのかも知れない。
本当ならば唯と一緒に成人式に行っていたかもしれない。だから、ちょっとだけでも二人で着物
姿で並びたかったんだ。多分、そうだ。
「じゃあお祝いを用意しないといけないな。しかし、《女帝》さんが唯を知ってるとは知らなかった」
熨斗袋を探しながら言う。
「あたしが知ってるだけだから。彼女はどうだかね」
まさかあたしが水元頼子だとは言えない。それは遠い昔に棄ててしまった名前だ。もちろん、あたし
の出自を和国さんが知るわけがない。教えられる筈もない。知っているのは、運命のタロットでも
時間を行き来できる存在のみだろう。《力》《審判》《運命の輪》《死神》・・・そして
「着物姿もなかなか綺麗ではないか」
背後からのいきなりの言葉に、思わず飛び上がりそうになりながら振り向く。
「《皇帝》っ?!なななななななんでココに!」
「ふふん、《皇帝》は《女帝》の事はなんでも知っているのだからなぁ」
嘯く《皇帝》の勝ち誇った表情にいらついてしまったあたしは
「ほんっと、あんたって人を驚かせるような登場しかできないんだね」
そう言ってやる。でもそういう登場の仕方をしたのはそんなになかった筈だ。
「別に《皇帝》は《女帝》を驚かせようとしたわけではない」
憮然としながら《皇帝》が言う。いつもの輝く宝石のような瞳はサングラスに隠れて見えない。
ここであたしは、《皇帝》も物質の属性を持って現れていることに初めて気がついた。

《皇帝》は袴姿にサングラス。長い髪は後ろで一つに束ねている。
あたしは青に、細かい刺繍をあしらった着物姿。

あたしも人のことは言えないが、珍妙な格好と言えた。人目からみれば、不良(?)の成人式カップル
とみえなくもないだろう。
「仕方ないではないか。前に唯とあった事があるのだからなぁ」
《太陽》達に出くわしたイベントの時の事を言っているのだろう。《魔法使い》というPN(ということにして)唯と
実際に対面していた。唯に悟られないための彼なりの配慮というところだろう。

「熨斗袋ってなかなか使わないから探すのに苦労し・・・えっと君は・・・?」
戻ってくるなり和国は《皇帝》の姿を見るなり目を丸くする。が、すぐに誰なのかわかったようだ。
「あぁ。《女帝》さんの旦那さんだね。初めまして。《運命の輪》の協力者、碧川和国です」
《皇帝》が驚いた表情を浮かべる。
恐らく、和国さんを《運命の輪》の協力者だと知らなかったのだろう。和国さんは霊格をクローズ
しているのだから、気がつくはずもない。少なくとも、あたしの知っている中では和国さんと《皇帝》
があったことはないはずだ。

「ワコク、いるぅ〜〜〜〜?」

突如店内に響く懐かしい声。唯は、黒をベースとした美しい着物を着ていた。長い袖をひらひらと揺らし
ながら店内に入ってくる。
「唯、成人式おめでとう」
そういって和国は準備したばかりの熨斗袋を渡す。
「凄い、ワコクってば私が来るのを判ってたみたいじゃない」
あたしが教えたんだけどね・・・内心そう思いながら唯の晴れ姿を見つめる。

・・・おめでとう、唯・・・。凄く綺麗だよ。
本当は、一緒に成人式に出たかったんだけどね。

「ところで、そちらの美男美女カップルはワコクの知り合い?」
「そうだよ。だから失礼のないようにしてくれ。それと、俺はワコクじゃなくて和国だ。」
「ふ〜ん、そうなんだ。てっきり美形二人組み歌手の売り込みなのかと思った」
「お前なぁ・・一度その頭勝ち割ってやろうか」

二人のやり取りを、懐かしく思いながら見つめる。思い出すのは遠い高校生時代の記憶。
「そろそろ行こうではないか」
「あ・・・うん、そうだね」
《皇帝》の言葉でふと我に返る。時計は1時をさそうとしている。1時にはアルバイト店員が来て、
その後和国さんは《運命の輪》と会うために出かけるのだ。《皇帝》はこのことに気がついているのかは
知らないけれど、いいタイミングで言ってくれた。
数分の再会ではあったけれど、あたしにとっては十分な時間だった。

「そうか。また逢いに来てくれ」
「はい。必ず」
あたしは和国さんに頭を下げ、『アカシック・レコード』を後にする。

「ねぇ《皇帝》」
「・・・ふん、このまま少し二人で歩こう、と《女帝》は言いたいのだろう?」
「判ってるじゃない。折角おしゃれしてるんだしさ。それと、そのサングラスは外してね」

あたしの言葉に、《皇帝》は無言でサングラスを外す。いつもの宝石のような瞳がそこにはある。
やっぱり《皇帝》はこうじゃないとね。

「しかし、《女帝》は何故着物姿で唯に逢いに来たのだ?」
いつもの学生服でも良いのではないか−と言外に言っているのだ。
「今日はね・・唯の・・ううん、あたしたちと同じ年に生まれた人たちが、20歳になったお祝いの日をしてもらう日なんだ。
だからね、あぁやって正装して成人式に出るんだよ」
「そうか・・・だからか」
《皇帝》は納得したようだった。けれど少し複雑そうな表情を見せていた。
言いたいことはわかる。でも今のあたしは気にもしていない。
「別にいいんだ。おかげで今日は珍しいものが見れたからね」
「珍しいもの?」
《皇帝》が何事かとあたしの顔を覗きこんでくる。だけど、《皇帝》の袴姿がそうだ、なんて言えない。
「なーいしょだよっ」
そういい、あたしは後ろを振り返る。アカシック・レコードを出て行く着物姿の唯の後ろが見えた。

ねぇ唯・・・あたしは貴方とは一緒に同じ時間を歩む事は出来ないけれど・・・。いつも、貴方を見てるからね。
だって唯は、あたしのかけがえのない友達だから。だから、幸せになってね。唯・・・。

 

 


投稿者後書き

初めて運タロの小説を書きました。思いつきなだけに季節感無視のストーリーになっちゃいました。
しかも文章力なしの自分なので小説がまとまってるかも不安ですけども、そこは運タロへの愛情で許してくださると嬉しいです。

部長のコメント

たとえ側にいる事ができなくなっても、唯の事考えてる《女帝》が愛おしいです。
そして《皇帝》の袴姿!
そういえば運タロ9巻で《魔法使い》もライコにあわせて一般人の服着てましたが、そんなに外した変な服にならない当たり、ちゃんと世相というかTPOに合ったセンスの服着てますよね。
今回は《女帝》にあわせて袴姿とは…!

副部長のコメント

華やかでいて楽しくて、それでいてちょっぴり切なさの漂うお話ですね。
振り袖姿の《女帝》とグラサン&和装の《皇帝》なんて、そんなレアな姿を想像しただけでテンション上がりましたよ!!(笑)
少しずつ確実に大人になっていく唯の姿を見守りつつ、変わる事のない自分の姿に少しだけ寂しさも感じながらも前を向いていく《女帝》がやっぱり素敵です♪
素敵なお話を書いて下さって、ありがとうございました♪

 

 

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