【 夏祭り 】

 

 

投稿者:み〜なさん

 綺麗だとか可愛いだとか、あいつはそんなこと言わない。

 半人前だとよく憎まれ口を叩かれるし。

 あたしのことを大切な存在だって思ってくれるのも、態度で示してくれてるからいいの。

 でも、たまには……。

 「夏祭り?」
 また、可笑しなことを言い出だしたとばかりな顔をする。
 「そう、たまには可愛い浴衣着て、お祭りに行くのもいいんじゃないかなーと思ってさ」
 なんたって今夏だし。と、頬に人差し指を当て、にーっこり笑うあたしをよそに、《魔法使い》は別の方に顔を向けた。現在あたし達がいるのは大して大きくもない公園の入り口で、彼は通りを歩く人達を見ていた。カラコロと下駄を鳴らしながら、あたしと同じくらいの年頃の女の子達が通り過ぎて行く。
 《魔法使い》が再びこちらを見たので、あたしは「ね?」とまたまたぶりっこをした。

 カラコロ、カラコロ、カラコロ。

 「《魔法使い》、早く早く!」
 振り返って、数歩遅れて歩く相方を手招きする。立ち止まって彼が来るのを待ち、追いついた《魔法使い》と並んで歩いた。
 「《女教皇》が勝手に進んでいるのではないか」
 苦笑しながら、手に持つ団扇で強く扇ぐ。
 「わっ、ちょっとぉ、髪型崩れちゃうじゃんか」
 抑えながら、あ、そっか、崩れるわけないんだっけ。いつもの帽子が落ちないのと同じ理屈なのだ。
 今のあたし達は、常人の霊格まで下げて服装もいつもの格好と違う。あたしは、白地に淡く青い朝顔の大振りな柄の浴衣に、帯は朱色で裏地が黄色で前のほうで見せるように施してある。髪はアップにして前髪を横に流して、大人っぽくしてみた。もちろん『力』を使って。
 《魔法使い》といえば、濃紺の浴衣に身を包まれた至ってシンプルな装いにも関わらず、その髪の色からして目立ってしまうのは致し方ない。長身の外人が日本文化に感銘を受けてその環境に触れ、馴染むという姿は珍しくもないが、自然と目が行ってしまうのが日本人というもの。しかし彼に限っては違う。一つに結った長い髪もそうだが、結局みんなが見ているのはこの顔なのだ。あたしは見慣れちゃったけどねぇ……。
 「まぁ、当然であろうな」
 周囲の視線を真っ向から受け、涼しげに吐く奴に思わずため息が漏れた。
 「あんたは慣れてるでしょうね、でもあたしはやっぱり慣れないよ。っていうか慣れちゃうのも人としてどーなの?」
 そうなのだ。視線はこっちにもビシビシ飛んでくる。普段は美形揃いの連中といるから気にも留めなかったけど、今のあたしは新米ながらもタロットの精霊。自分で言うのも変だけど『美少女』という部類に分類されているのだ。
 「《女教皇》が浴衣で祭りに行きたいと言った時点で、こうなるだろうと《魔法使い》は気づいていたがなァ」
 だからってやめるあたしじゃないことを、奴もわかっている。こうして茶々を入れながらも、お祭りの方向へ足早に向かっているのがその証拠だ。
 「あんたやっぱり……」
 お祭り、好きなんだね。

 甘い匂い、香ばしい匂い、人々の声、一際響く子供の笑い声、ラジカセから聞こえる太鼓の音色、色とりどりの飾り、照明。
 色々な感覚が刺激する。
 聴覚、視覚、嗅覚、味覚、触覚。
 その一つの味覚は今甘い味を認識していた。あたしは早速綿あめを買って食べている。
 《魔法使い》は買わずに、辺りを見回してなんだか嬉しそうに見えた。
 理由はわかる。あたし達の持つ、第六感ともいうべき感覚は思念の放出を感じているのだ。
 時の縦糸の外側と違い、嵐のような激しさはないけれど不快な思念を感じ取ることはない。
 「《女教皇》」
 いつの間にか人の波に流されてたのか、少し離れていたあたしに《魔法使い》が手招きする。
 「これはなんだ?」
 そばまで来たあたしに《魔法使い》が指差したのは、金魚すくいだった。
 「あぁ、あの紙で張ったやつを使って破けないようにすくう遊びだよ」
 また珍しいものに目をつけたなぁと思いながら答えた。
 小銭を店の人に渡し、すくうやつと器を受け取る姿にあたしは、
 「え、やるの?」
 「やり方は見た」
 そう言うと、《魔法使い》は金魚と悪戦苦闘している子供達の間に入りしゃがむと、じっと金魚の動きを見た。
 ……《魔法使い》が、金魚すくい。
 呆然とその背中を見下ろしていたが、笑いが込み上げてきた。
 あたしは彼の頭越しに覗き込んで様子をうかがうと、あ!と気づいたと同時に、《魔法使い》は一匹すくった。
 「ちょっと、だめだよ!」
 あたしが彼の頭をぺしりと叩くと、周囲は不信な視線を向けてきた。
 「兄さん、もっと大きいのじゃないと彼女だめだってさぁ」
 《魔法使い》の持つ器の中で泳いでいるのは、小さな金魚だった。
 ハハハと笑う店のお兄さんに、あたしも愛想笑いで誤魔化したけれど注意した本当のわけは違う。
 《魔法使い》は上目使いで見上げてきたので、あたしは口パクで「だ・め・な・の」と念を押した。
 力を使って破けないようにしてからすくったのだ、彼は。
 彼は多少むすっとしながら、今度は自力で挑戦した。

 「あたしも昔よくやったけど、あれってコツがいるんだよね」
 ビニールに入れてもらった金魚を見つめながら、あたしは子供の頃のお祭りを思い出していた。
 「ふん、あんな薄い紙切れを水に入れれば破けて当然ではないか」
 「いいじゃない、あたしはこの金魚可愛くて好きだよ」
 あの後《魔法使い》は五連敗し、最初の金魚だけがビニールの中を泳いでいた。

 そして、あたし達は色々見ながらお祭りを楽しんだ。
 普通の、恋人同士のように。
 いやに真剣な顔をして金魚すくいをする《魔法使い》とか。
 射的は意外と上手くて、得意満面に人形を取ってくれた《魔法使い》とか。
 普段は見れない彼の姿を見れて嬉しかったけれど。
 何が一番かっていったら。
 ずっと手を繋いでいたことが、あたしは照れながらも最高に嬉しかった。

 END

 


 

 


投稿者後書き

夏祭り。いい響きですねぇ。うちの近所ではあんまり見なくなってしまいましたが。
今回はただ普通に幸せの一コマを書きたかっただけなので、山も谷もオチもなくてすみません。
いつもはここで、ナンパに絡まれるとか、はぐれるとか、喧嘩するとか、未来の不安とかを盛り込むところなんですが、暗くしたくなかったのでやめました。
ちなみに《女教皇》が着ていた浴衣は、私がデパートで一目ぼれして購入したものです。

部長のコメント

かーわーいーいー!
こう、読んでるとこちらが癒されるようなお話で、私のすさんだ心を癒してくれました!
《魔法使い》と《女教皇》って原作では大変な目にばっかりあっているので、こういったほのぼのした二人を見ると安心します。
髪を縛った《魔法使い》いいですねー。和服と金髪…めずらしく《魔法使い》にうっとりしました(笑)

副部長のコメント

夏祭りの《魔法使い》と《女教皇》ですね♪やっぱり夏は浴衣でお祭りで金魚すくい
ですよね♪♪あたしも昔似たような話を書いた記憶があります(^^;)
《魔法使い》は以外と不器用だと思うのですよ。すぐにムキになるし(笑)だから金魚
すくいは本当にあんな感じで苦戦するんじゃないかな、と楽しくなりました♪
しかし・・・お金はどこから調達したんでしょ?全部『高貴なる錫杖』と『巻物』の
変化したものだったらヤだなぁ(笑)
夏のひとときのほのぼのなお話をありがとうございました♪

 

 

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