【――RAIKO――】

投稿者:み〜なさん

 「《女教皇》!」
 《魔法使い》は、掴まえようと手を伸ばしたが彼女の体はすでに掻き消えていた。
 彼は放心したように消えた場所を見つめていたが、次の瞬間相手を振り仰ぎ、「《力》よ!」怒りの言葉と共に念動を《力》に向かってほとばしらせていた。が、《魔法使い》の一瞬の隙を見逃さなかった《力》は鞭を操り彼の周囲を囲んでいたのだった。
 《魔法使い》の念動は、彼女の手前で弾かれてしまう。障壁に当たったものだろう、手で防ぐでもなく拡散される。《魔法使い》は《女教皇》同様、木の葉のように鞭の中で回転しこの場から飛ばされてしまっていた。

 景色は一変したものになる。
 《力》の姿は消え、そこにあるのはどこまでも続く広大な海原だった。《魔法使い》は舌打ちし、辺りを見渡す。辺りには島も船さえも見えない。彼の衣装と同じような青空が広がるばかりで、自分は海面ぎりぎりに浮遊している状態だった。
 「……ここは」《魔法使い》は乾いた舌を湿らすようにつばを飲み、「いつの時代だ」返答のない問いを口にした。無論、彼にはここがどこの海なのかも分らない。
 彼女の力を経験したのは初めてだったが、きっと場所どころか時間も異なっているのは確かだろう。現に、さっきまでとは太陽の位置が違っていた。
 あの時代より過去か、未来か。
 <時>を確認する術はここにはない。
 ラスプーチンがあのような所にいるとは……。
 《魔法使い》達が施設を破壊しようとしたのを、《力》はやめるように言った。それでも言うことを聞かなかった自分達を、彼女は強硬手段をもって阻止した。あの施設は一体……?
 彼は瞳を眇める。
 (《女教皇》……)協力者の霊格を、放り出された時点から探っているが感じられない。やはり他の時代へ飛ばされたか、それとも……。《魔法使い》の背を、ひやりとした感覚が襲う。
 《力》は《女教皇》を信用していなかった――。
 《魔法使い》と違い、まだ転写して間も無い彼女が独りになるのはかなり不利な状況だろう。
 一応彼の霊格は、相方の精霊が無事だということを示している。まだ、と付けるべきかもしれないが。
 彼女は危害を加えるわけではないと言っていたが、それはあくまで、《力》自身が、という意味だ。たとえ危険な場所に送ったといってもウソにはならない――詭弁だ。
 同じ陣営に属する者とはいえ、《力》を仲間というには信用できない。
 「プロメテウス同様、一枚岩ではないということか」
 言うなり、一気に空高く上昇する。《魔法使い》は改めてぐるりと辺りを見回すが、やはり何の気配も霊格も感じられなかった。彼は舌打ちし、適当に方向を定め、金の髪をなびかせ飛んだ。
 《女教皇》がこの時代にいない今、《運命の輪》に何とか接触し《女教皇》を迎えに行くしかない。いや、彼女でなくとも他の精霊でも構わない。もしフェーデの最中ならなおのこといいかもしれない。ティターンズだったら、その精霊に頼んで中立を呼んでもらい《運命の輪》に会えるし、プロメテウスだったら出会い頭で戦うことになってもやむおえまい。ただやっかいなのが、元の時代へ帰るというのがフェーデの報酬対象になっていないかということだ。それでは《運命の輪》に会ってもフェーデとなれば、やはり協力者がいない今は《魔法使い》は多少不利になるだろう。

 とにかく早く。誰でもいい、一刻も早く《魔法使い》は帰らなくてはならないのだ。
 《女教皇》の元へ戻らなくては。

 彼は冷静でいるようでいて、その実、焦燥感に駆られていた。
 生命力、霊格などでは精霊と人間は違う。精霊となった《女教皇》は前と違い、そうやすやすと命を落とすようなことはない。
 ――そう、以前とは違う。
 だから以前ほど心配する必要もないことも、理解している。
 けれど、幾度も引き離された彼にとってそれは恐れだった。
 最愛の彼女を、目の前で失う恐怖――。
 《魔法使い》にとって、いや誰にとっても目を背けたい事柄のはずだ。
 《魔法使い》の脳裏には、人間だった頃の娘の顔が浮かんでいた。セーラー服を身に纏った少女には別の名があったが、タロットの精霊はその娘をライコと呼んでいた。
 共に『運命のタロット』として戦ってきた協力者。そして人間故にその「命」の重みが違い過ぎた。
 少女が精霊となったのは、《魔法使い》の強い意志を持ってのこと。
 だが、決して少女を精霊にしたかったわけではなかった。
 精霊になれば、ずっと一緒にいられるけれど。そんな一人よがりな理由では絶対に嫌だった。
 けれどもう、それしか方法がなかった――。
 その光景を思い出し、《魔法使い》は手の平にじっとりと汗を感じていた。

 段々弱まっていく霊格と心臓音。
 その顔からも生気が失われ、握り締める手からも体温が失われていくのが分る。
 意識を保つだけで精一杯なはずなのに、一生懸命ものを言おうとする唇。
 懸命にライコに声をかける、常人にまで霊格が下がった《愚者》と片桐。
 遠くのほうで、プロメテウスが光球を放っている破壊音。
 奴らの攻撃で、建物は大きく揺れ天井から小さな破片が落ちてくるのを障壁で防いでやることしか出来ない、自分。

 このままでは思念が拡散してしまう。
 このままだとライコが死んでしまう。

 少女の手を握る《魔法使い》の手が震えそうになるのを、必死に堪える。

 この身体はもうもたないだろう。
 助ける術は、タロットに転写する以外残されていなかった。

 けれど、《魔法使い》単体で"移動"する力はもう残っていない。
 二人だけでも困難極まりない上、《愚者》と片桐も一緒なのだ。
 その二人を、短距離でも別の場所に移し、なおかつライコを会堂へつれて行くのは荒業だ。
 協力者の助力が無ければ……自分の無力さに吐き気を覚えながら、少女と共に"移動"を発動させる。
 (どうか、この"移動"に耐えてくれ。ライコ!)
 あの時、彼女の助力は自身の生命を落としていたかもしれない。
 しかしなんとかライコを消さないように、《魔法使い》は出来る限りの力を振るったのが幸をそうして最悪な事態は免れることが出来た。

 《魔法使い》はどこまでも続く海原を駆ける。
 (《女教皇》)
 転写した少女の名を紡ぐ。けれど、彼の頭に浮かぶのは黒髪の少女。
 記憶を無くして、目覚めて初めて目にした少女の顔。
 《魔法使い》の原点ともいえるものだからこそ、少女の名は特別な響きを持つ。
 (……ライコ)
 今、どこでどうしているのだ。
 無事でいてくれ、どうか……。

 ふわり。

 と、《魔法使い》の内側で何か光ったような気がした。いや、正確には体内――心の中だろうか。
 《魔法使い》はその妙な感覚に、ふいに急停止をした。その残滓が影響し、マントと金の髪が前に流れる。
 なんだ?我知らずと胸に手を当ててみる。
 「なんだ……?」
 今度は口に出してみるが分らなかった。と、突然あさっての方角を振り仰いでいた。だが見たところで何があるというわけでもなく、ただ水平線が見えるばかりだった。
 (何かあるのか)
 自問するが、なんの気配も霊格も、陸さえも見えない。なぜ、自分がその方角を見たのかさえ分らない。

 ふわり。

 再び、光が生まれた感覚。さっきよりもはっきりと感じた光は暖かささえも感じることが出来た。
 《魔法使い》は一瞬迷ったが、結局感じた方向へマントを翻しながら向かうことを選んだ。
 霊格を感じたわけでもない。
 何かを視たわけでもない。
 何があるのかさえ分らない。
 この胸騒ぎの根拠はどこにもなかった。けれど光る何かに賭けるかのように、《魔法使い》は動いていた。

 しばらく行くと、陸が見えてきた。
 同時に僅かながら霊格をキャッチする。何者なのかは、離れ過ぎて判ずることは叶わなかったが、『運命のタロット』の関係者であることを《魔法使い》の感じる霊格は語っていた。
 《魔法使い》は速度を緩め、片目を眇める。
 精霊……それとも人間の協力者、か?はっきりとは分らんが複数いる……?
 そもそも、今になって霊格を感じたというのになぜさっきは分ったのだ、《魔法使い》は――。
 精霊の特殊能力以外の力など、《魔法使い》はそもそも聞いたことなどないぞ。
 彼は自分自身の奇妙な体験に戸惑いを覚え、思わず顔をしかめてしまう。
 いつしか視界からは青い海は消え、大地が広がっていた。それも、さきほどまで目にしていたものとそう変わらないもので、乾いた広大な地形である。
 (カザフ?)《魔法使い》は周囲に目を走らせながら思う。
 時代はともかく、場所をさっきよりもそう離れていないことを意外に感じた。だったら《女教皇》はどこへ飛ばされたのか。最初の疑問をまた考える――と。


 まほうつかい  あたしはここだよ  ここにいる


 それはまるで《魔法使い》の耳元で囁くような声だった。
 それはついこのあいだ聞いたものと、同じ台詞で《魔法使い》を求めた声だった。
 それはあの女のカードを、《魔法使い》が持っていたからこそ聞こえたものだ。
 今はその女のカードを持っていない《魔法使い》には、届かない声のはずだ。
 なのに、なぜ聞こえたのだ。
 間違えようはずがない、あの声。
 そしてそれと同時に感じた見知った波動。
 《魔法使い》に届くわけがない。
 ありえない、懐かしい声。

 《魔法使い》は目を見開いたまま、金縛りにあったかのように動けなかった。
 (ありえないが、あの声は……)
 なぜ聞こえたかは問題ではなかった。今はそんなことはどうでもいい。
 (《女教皇》に似たあの声は……)
 《魔法使い》は象徴の力を発動させていた。
 目的地は進行方向を更に行った、波動の発信源。

 "移動"

 次の瞬間、《魔法使い》は切れ長の目を大きくした。そのダイヤの瞳に映ったのは、セーラー服だった。
 《魔法使い》は、さっき感じた波動の持ち主である、その少女の名をとっさに叫んでいた。
 「ライコ!」
 なぜ、などと考える余裕などどこにもない。
 数百メートル離れた地上に立つ少女は、彼の言葉が届いたかのように空を仰ぐ。
 宝石のように輝く瞳と、黒曜石のような瞳の視線が交わる。
 待ってたよ、と、笑うライコ。
 次の瞬間、少女に向けて『水』が迫ってくる。生き物のようにうねるそれに、
 「ライコ!」再度呼びかけながら、《魔法使い》は"崩壊"を放つ。
 違う!
 凛とした声が《魔法使い》の脳裏に響く。今守るべき協力者の名を、姿を見誤るな!
 それは、叱責するような、もう一人の自分の声だ。
 その思惟と同時に"崩壊"の光芒の中で、《魔法使い》は思わず息を飲む。その向こうで『水』はきらきらと飛び散り、突然の攻撃に驚いた少女が空を仰ぐ。
 同じ年頃ではあるが、さっきとは違う栗色の髪がなびく。
 服装も全く違った精霊がいた。が、しかしその顔はさっきのライコと同じもの。
 《魔法使い》が発した声は、その精霊には届かなかったようで、
 「《魔法使い》!」歓喜の声を発していた。
 《魔法使い》は半ば呆然としながら、
 「ライコ……《女…教、皇》……?」
 
 すぐに《魔法使い》は音速を超える速さで急降下し、彼女の横に並ぶと、
 「のろまだなァ、《女教皇》は」
 と、さっきまでと違う緊張感のかけらもない台詞で応えた。
 過去にライコと名乗っていた精霊に、自分の内心を読まれまいとして。
 「のろまはどっちよ!今までどこほっつき歩いてたのよ!」
《女教皇》は、今の"崩壊"で初めて《魔法使い》の存在に気づいたのだろう。
 もしかしたら、と《魔法使い》は思う。
 一つの思念には、多重人格のように無数の思念が存在するのではないか?確かに《女教皇》は記憶を失い、人間の時のことを忘れてしまっている。だがそれは、記憶は失ったわけではなく、ただ忘れてしまっただけだ。その隠れたライコの記憶こそが、別人格として現われたのではないだろうか?《魔法使い》をこの場へ導いたのは、かつて守ってきたライコだったのではなかろうか?

 《魔法使い》。あたしはここだよ、ここにいる。

 あるいは、ライコの言った<ここ>というのは、場所を意味する以外のことも含んでいたのだろう。
 今、隣にいる半人前の精霊。《女教皇》の中に、ちゃんといる――生きていると言いたかったのではないか。
 (たとえ忘れてしまっても、あたしはあんたのことを忘れたりしないよ)
 ライコならばそう言ったかもしれない。
 大丈夫だライコ。
 ライコは今、《女教皇》として生きている。《魔法使い》はたとえお前が忘れようとも、《魔法使い》の思いは変わらないから。《魔法使い》がこの手に抱きしめられるのは、ひとりだけなのだから。

 「《魔法使い》?あたしの顔になんかついてんの?」
 《女教皇》が訝しげに聞いてくる。その言葉に、自分が彼女を見ていたことに気づく。《魔法使い》はいつものように、ふん、と鼻を鳴らし、
 「今はそのようなことを言ってる場合ではないだろう」
 目の前には『水』を操っていたプロメテウスと、協力者らしき姿がある。
 「そんなことってあんたね……」自分がぼっとあたしを見てたくせにと愚痴ろうとする《女教皇》を遮り、
 「《力》の術にはまりおって」
 更にそれはどっちだというような台詞を紡ぐ。
 こんな状況だというのに、それは出会った頃と変わらない、他愛ない会話。
 《女教皇》を愛しいと思う。
 ライコを恋しいと思う。
 だが、《魔法使い》がこの手で助けれるのはひとりだけ。
 人間から精霊に変わっても。
 その名が変わってしまっても。
 それでも変わらないものもある。
 《魔法使い》はいつだって、どんなお前でも見守る。
 だから。
 だからどうか、愛していることだけは憶えていてくれ。

 ライコ。



投稿者後書き

たろたろ倶楽部、初投稿のみ〜なです。
この話は、《力》に射出で飛ばされた《女教皇》に、《魔法使い》が会えるまでのエピソードです。
ライコが瀕死の場面の《魔法使い》の心情。
ライコから《女教皇》へ転写した事を、彼はどう受け止めたのか。
もし仮に、ライコと《女教皇》が同時に危険な目に遭った時、この時点の《魔法使い》の優先順位は?
ライコと《女教皇》は同一人物ですが、私的には生まれ変わりとも取れるので、別人格という描写をしました。
ちょっと違うのでは?と思われそうですが、さらっと流して下さい(笑)

部長のコメント

ライコ、ライコー!。
ライコは《女教皇》の中にちゃんといるんですね。
《女教皇》になったときに記憶を失い姿も変わり、ライコじゃなくなっちゃったなと思ってましたが、ちゃんといたんだ!
うわー、ライコがすごく愛しいです(≧□≦)
思わず真タロ1巻読み返しちゃいました。

副部長のコメント

《魔法使い》《魔法使い》《魔法使い》〜〜〜〜っっ!!!
もう、彼が愛おしくてたまりません!!
ライコが本当に大切で、大切すぎるから喪失に本気で怯えて。
何度も記憶を失ったライコにもどかしい思いを抱えながら、ライコを内包している《女教皇》に向き合う《魔法使い》がもうっっvv
このお話を読んだ後で、この後に続く2人のキスシーンを思うと《魔法使い》の心情に「《魔法使い》頑張れ!!」と絶叫したくなりました。
《魔法使い》至上主義の心をわしづかみする、素敵なお話をありがとうございました ♪

 

文芸部に戻る