投稿者:蓮さん
きえてしまった。
あたしの愛しい人。
尊大で自信家で、でもいつも優しい瞳であたしを見てくれた。
どんな時もあたしを守り、あたしを愛してくれたあの人。
………≪皇帝≫。
彼が≪愚者≫によって滅消させられた後のことを、あたしはよく覚えていない。怒りと絶望のあまり我を忘れたあたしは、≪世界≫に取り込まれてしまった。
記憶にあるのは、夢中で≪愚者≫を封印したこと。
そして、≪力≫の"射出"によって時間軸に戻され、大河くんを傷つけてしまったこと。
協力者を失ったあたしには、象徴の力"再生"を使うことが出来なかった。
約束したんだ。
早く≪魔法使い≫を協力者にして、大河くんを助けにいかなきゃ………!
* * * * *
自分の力が、いく当てもなく流れ出して拡散していくのがわかる。
それはまるで、繋がっているパイプの片方がはずれているような感覚だった。≪皇帝≫に向けて流れ込んでいたあたしの力を、受け止めてくれる人が今はいない。
それがこんなに哀しいことだなんて知らなかった。
「………貴女の新しい協力者を連れてきましたわ、≪女帝≫」
目の前の女がそう言った。
タロットの精霊、No.11の≪力≫。
彼女は≪審判≫と並んでティターンズ最強の精霊であり、思念を他の地点へ(時間軸も超えて)送り出すことの出来る"射出"を使うことが出来る。
「………知ってる」
あたしは座り込んだまま、目の前の女を見上げてそう言った。
「≪戦車≫をなくした≪魔法使い≫を、連れてきたんだよね」
「そうですわ。≪戦車≫の強い希望により」
「≪戦車≫の希望だから、プロメテウスのあたしを助けてくれるってわけ?あたしはてっきり、あんたがティターンズだからかと思ってた」
≪力≫に八つ当たりしてもしょうがない。
わかっているんだけど、知らず口調は皮肉げなものになる。
「………そうですわ」
≪力≫は押し殺した声で言った。
心なしか頬が紅潮し、獲物を握り締めた手が震えている。
「≪戦車≫の望みでしたわ。何故貴女にそれほどまでに拘るのか、私には理解できませんわ!自分を犠牲にしてまで………!」
目の前に、ハラリと1枚のカードが落ちた。
青いマントを纏った男の図柄………≪魔法使い≫のカードだ。
あたしはそれを慌てて受け止める。
懐かしいそのカードに、つい微笑んでしまう。
「行かなくちゃ………」
あたしは立ち上がった。
まだ本調子ではないけれど、すぐにでも行かなくちゃいけないような気がしていた。
1973年8月10日の日本………大河君を助けに行かなければ。
「≪戦車≫から、もうひとつ、伝言がありますわ」
「………伝言?≪戦車≫が、あたしに?」
「『大河を助けに行く必要はない』」
「………え?」
あたしは思わず聞き返した。
疑問はすぐに怒りに変わる。
「大河くんを助けに行かなくていいって………それは、彼があそこで死ぬって決まってるからってこと?だから見捨てろっていうの?さすがティターンズだね。あたしにはそんなこと出来ないよ!」
「貴女らしい意見ですわ、≪女帝≫。≪戦車≫はこうも言ってましたわ」
獲物の鞭を持ったほうの手をあげ、≪力≫は言った。
「『大河はそこにいる』」
伸ばされた指はまっすぐ、あたしの手元を指していた。
あたしの持っている、≪魔法使い≫のカードを。
「………え?」
あたしはもう一度問い返してしまう。
「大河くんが、≪魔法使い≫………?まさか、そんなこと………」
一瞬頭が混乱して、上手くその意味が飲み込めなかった。
記憶の中の様々な≪魔法使い≫と大河くんがフラッシュバックして、あたしはひとつの言葉を思い出した。
『守ってやる』
(ああ………)
あたしは低く呻いた。
そう。そういうことだったんだ。
こうなることは決まっていた。
≪女帝≫に嫉妬してた水元頼子と同じように、大河くんもまた、未来の自分に嫉妬してた。
あたしはこれから、何が起こるか知ってる。
あたしが死んだ後、≪魔法使い≫は水元頼子を協力者にして、徐々にその絆を深めていくのだ。
その様を見て、大河くんは水元頼子への思いに苦しむ。
隣にいる男が、"転写"された自分自身だということも知らずに。
それは未来の出来事。
でもあたしにとっては、全て過去の出来事。
(おかえり、大河くん………ううん、≪魔法使い≫)
カードの縁にそっとキスをした。
きっと≪魔法使い≫は、なくした過去の記憶に、何度ももどかしい思いを味わうだろう。
でもあたしからそれを教えることは出来ない。
他人から聞いた記憶では意味がない………あたしにそう教えてくれたのは、≪魔法使い≫だったね。
貴方を失う事実を、あたしはきっと"改変"してみせる。
あたしは綺麗な青いカードを抱きしめて、少しだけ泣いた。
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