投稿者:天翔さん
夜よ 夜よ 魔法をかけて
この時が ずっと続くよに
遠い夜空に溶けるマント 星のかけらが弾けて落ちる
誰も知らない NIGHT MAGIC
誰もが祈る NIGHT MAGIC
この時が 終わらないよに
夜よ 夜よ 魔法をかけて……
「ライコよ」
ふいに、彼が聞いた。窓辺に両ひじをついてぼうっとしていたあたしは、急に現実に引き戻される。
「何よっ」
ここは自分の部屋。なぜか気恥しくて、あたしの声は必要以上に大きくなっちゃってた。廊下から、お母さんの声が聞こえる。
「ライコよ」
そんなことおかまいもなく、さっきと同じ調子の声。ただ、それは背後からではなく―――あたしの眼前から聞こえてくる。目の前に、天地逆の美形が浮かんでいるのだ。
もちろん、だからって長い金髪が床にたれさがってたりはしない。重力の法則を、完全に無視してる。
「なっ……なな、何よ、驚かさないでよね」
「《魔法使い》はべつに、ライコを驚かそうとしてやっているわけではない」
ンなこと言ったって、フツーは驚くだろ、フツーは。
でも彼は、そんな感覚はこれっぽっちも持ちあわせちゃいないのだ。さも当然、というふうに、落ち着きはらって元の位置にもどる。 ……まったく、こいつときたら。
言いかけた反論をさえぎり、《魔法使い》は宝石の瞳でこっちを見つめてきた。なんとなく気押されて、ついあたしも黙ってしまう(……悔しい)。
「それはそうと、取材とやらの段取りはつけられたのか」
「あ、うん。山根クンには、電話で許可とったし。あとは、当日にでも部室に寄って、カメラを持ってけばOK」
あたしは自信をもって答えちゃる。
ジュリエット役の河内サンを殺すという《月》。そのフェーデに勝つため、あたしたちは情報収集として、彼女のいる本郷台高校の演劇部に、取材を申し込むことにしたのだ。
それで、今日一日かかって段取りをすませたってわけ。新聞部の肩書きと演劇の経験。本郷台高校の演劇部に取材を申し込んでも、別におかしいとこってない。
「ほう。ライコにしては仕事が早いではないか」
彼も、めずらしく感心した様子。「ライコにしては」って部分が気にくわないけど、まあ、よしとしよう。
「で、その日時はいつなのだ」
「明後日。五月二十一日の、午後四時に校門で待ち合わせよ」
「明後日か……」
《魔法使い》は、つぶやくように繰り返した。《死神》がくれた未来の新聞は、六月七日の朝刊。時間は刻々とせまってきている。
でも、昨日十字路から帰った後にやるわけにもいかなかったし、これだってかなり早く段取りがついたほうだ。
「仕方がないな」
言って、とん、と開けっぱなしの窓辺に飛び乗る。そうは言っても、全然残念そうな様子とか見えない。きっと、フェーデに負けるなんてこと、考えてもいないのだ。
自分が負けて封印される……なんて、可能性としても勘定にいれてないんじゃなかろうか(やれやれ)。
「……どこかへ行くの?」
ため息まじりに、あたしは尋ねた。べつに深い意味があったわけじゃない。青いマントが、いまにもすべりだしそうに風になびいていたから……どこか行くのかな、と思っただけだ。
「ライコも行くか?」
だから、この問いは意外もいいところ。ぽかんと口を開けたままのあたしを見て、今度は《魔法使い》がため息をつく。
マントの下から手をだして、つん、とあたしの額を小突いた。
「《魔法使い》は、そういう顔は間抜けていると思うぞ」
「……うるさいっ!」
指をよけられなかった悔しさもあって、あたしの声はまた大きくなってしまう。「頼子! いいかげんにしなさい!」と、お母さんが怒鳴るのが聞こえた。……くうう、何もかも、こいつのせいだっ。
「……だから、最初から《魔法使い》についてくればよかったのだ」
ふふん、と笑う。そういう問題じゃない、と言おうとしたけど、そのそばからまたしても、額をつつかれてしまった。
「では、行くぞ」
額を押さえ、睨みつけてるあたしの様子にはかまわず、《魔法使い》は手を回してくる。そのまま、ふわりと窓の外の空へ飛び上がった。
「わっ……ちょっ……」
「夜の散歩も、たまには良かろう?」
「さ……散歩って、どこへ行くのよ」
けれど、ぐんぐんと高度をあげるだけで、《魔法使い》は答えてくれない。夜の町明かりが、みるみるうちに遠くなってゆく。
風薫る五月とはいえ、いまは夜。そのうえ、どんどん高度をとってるんだから、寒いったらない。人に見つかる心配はないけど、たちまち、あたしはガチガチとふるえだした。
そんなあたしに気づいて、《魔法使い》は急ブレーキ。
慣性で前へなびくマントをひろげ、空いた手でかけてくれた。ふっと壁ができたように暖かくなる。
「ねぇ、どこへ行くの?」
さっきの問いを、あたしは繰り返した。《魔法使い》から離れたら落ちてしまうとはいっても、マントにくるまれたこの態勢って、結構恥ずかしいのだ。恋人同士とかならともかく……ねぇ。何か話でもしていないと落ち着かない。
「いまにわかる」
言ったきり、《魔法使い》はまた加速。さらにすごいスピードで上昇していく。けれど、今度は寒くなかったし、息が苦しくなることってなかった。たぶん、バリヤーでも張ってくれてるんだろう。
余裕がでてきたところで、下をのぞいてみると、家々の明かりは星みたいに小さくなってしまっていた。これって、何メートル位なんだろう。かなりの高さであることは間違いない。
(……どこまで行くんだろ)
だって、このままいったら、飛行機の航路と同じぐらいの高さになっちゃうんじゃない?
しかも、《魔法使い》は相変わらず、一直線に上をめざしている。バリヤーと空気の摩擦がおこるためか、あたしたちの上方では淡い光が生まれていた。
その光が、急にしゅっと消えかかる。同時に、視界が暗くなった。真っ暗、というわけではないけれど、うすぼんやりとしたもやが、まわり中をふさいでいる感じだ。
「うわ、何?」
「雲だ。このまま突っきるぞ」
「雲……って、平気なの? こんな上の方まで来ちゃってさ」
いままでずっと、天頂方向を見つめていた《魔法使い》は、このときはじめて、こっちを見てニヤリと笑った。
「《魔法使い》にはこのようなこと、何でもないサ。それとも、ライコは怖くなったのか?」
「そんなわけないじゃない!」
間髪入れず、あたしは言い返す。自慢じゃないけど、こいつと過ごした何日間かで、あたしは高度ってものにだいぶ耐性がついてしまったのだ。
そりゃ、たったひとりでこんなとこに放り出されたら、落ちるし怖いにきまってる。でも、いまは《魔法使い》と一緒だ。万一危なくなっても、きっと《魔法使い》が助けてくれるはず。だから怖くなんかない……あれ?
あたし、何考えてるんだろう。
ほんの数日前まで、存在もしらなかった人(人じゃないけど)と二人っきりで、こんな想像もつかないような場所で、どうして全然怖くないんだろう……?
あたしは、その答えを探さなかった。なぜだか顔が熱くて、ほてりをさますために、しいて雲に目をむける。
何千、何万という水の粒子は、空に浮かぶ海のよう。その深海から海面へ、ひとつの流れ星が長く尾をひいてのぼってゆく。
(流れ星……?)
そういえば、今日は流星群が見えるはずだった。数日前から唯と楽しみにして、泊まりで遊びにくる約束もしていた。
だけど、あいにく今日は曇り。今回はだめだろう、とニュースでやってて、結局約束もお流れになっちゃったんだ。
ま、しょうがないけど、ね……。
すると、二度目の急ブレーキがかかった。ダイヤモンドの瞳が、こちらを振り返ってくる。
「ついたぞ」
「えっ? ……うわあっ」
そこは、雲海の上だった。文字通りさえぎるものもなく、頭上には満天の星がひろがっている。地上からは見えない、それこそ図鑑でしか見られないような星の多さだ。
「すごい……」
言葉を失ってるあたしの脇で、《魔法使い》は空いた手に得物を現している。『高貴なる錫杖』を前方にかまえ、プロペラのように回転させた。
プロペラの羽根は、回転が上がるごとに溶けるようにして広がってくる。しまいには、あたしたちの回りをぐるりと包む、うすいガラス細工のような球体と化した。
《魔法使い》が、あたしに回していた手をほどく。ガラス球は綿雲の上に安定して、落ちる気配はない。どころか、うすい壁を通して、あたしは自分の足で雲の上に立つ感触さえ味わうことできた。
はるかに続く雲の平原。
果てもなく広がる天蓋に、月の姿は見えないけれど、星明かりでかなり明るい。
目をこらす必要もなく、数えきれないほどの星が暗い夜空に散らばっている。
「……向こうだ」
ガラス球から抜け出た《魔法使い》が、腕をのばして、天の一角を指さしてみせる。
あたしは、それを追って顔を動かした。そして、またしても言葉を失ってしまった。
流星群。
流れ星なんてものじゃない。星のシャワーといってもいいだろう。 休みなく、次々と生まれいでるかがやき。
生まれ、きらめき、そして消えてゆく星たち。
あるものはピンク色に燃え、あるものは緑の長い尾をひいている。しかも、ひゅっ、という音が聞こえそうに思うほど、近く見える。
あたしはガラス球に張りつくようにして、この光景に見入っていた。
球のかたわらには《魔法使い》が、同じく立っている。真っ青な空の色のマントは、夜に染まって宵闇の色。
星が大きく燃えるたび、その上を細い光がすべりおちてゆく。
「わざわざ……連れてきてくれたの?」
「ふん」
金の髪をなびかせ、彼はそっぽをむいた。
「昼間、ユイと残念がっていたからな」
少しだけ早口になった彼は、振り向いて言った。
「……星々の祝福を、わが協力者どのへ」
「ありがとう」
あたしも、なぜか早口になってしまう。
《魔法使い》の金髪は、星のようにかがやいていた。
――誰も知らない NIGHT MAGIC
誰もが祈る NIGHT MAGIC
この時が 終わらないよに
夜よ 夜よ 魔法をかけて……――
−了−
1999,3,16up.
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