投稿者:りなさん
きっかけ何だったのか正直覚えていない。
それは放課後初夏を感じさせる緑のあふれた森の中で、一本の樹木の下に腰掛けながら《恋人たち》と雑談に興じてたことから初まった。
「キスしていい?」
《恋人たち》のあまりに突然の言葉。
文華はわたわたした。
「なななな、何を言うとるん?どないしたん、変やで自分!!」
思いがけない言葉に顔をユデダコにして答える。
「僕は文華のこと誰よりも大事にしてるよ?文華はそうじゃないの?」
泣きそうな表情に文華は再び慌ててしまう。
「うう…。ウチかて《恋人たち》のこと一番大事に思うとるよ。」
その言葉に嘘偽りはない。
憧れの先輩や大好きな親友彼女の世界に大好きな人達はいるけれど、それ以上にこの特別な力を持つ人ではない少年のことを大切に思っているのはまぎれもない事実だから。
「なら問題ないじゃない。」
泣きそうな表情は拭い去られ、笑顔で文華の肩に手が回される。
「そ、そうなん?…って、問題ちゃうやろ!」
近づいてくる顔を見つめながら文華はとにかく混乱していた。
(や、やっぱからかわれとるん?うち。でもタロットの精霊は嘘がつけんから本気やろうし。)
そんな感情を知ってか知らずか、至近距離5cm手前で1回動きを止める。
「ね、キスする時は目を閉じて。」
(…ほ、本気や!)
と思いつつも彼に関しては抵抗という文字を知らない文華は、つい言われた通りに目を閉じる。
恥じらいのためか震えているのが初々しい。
《恋人たち》の顔が更に近づいてくる。
…ちゅ。
触れた先は、口唇にほど近い…。
「って、頬…?」
「ふふ。残念だけど、口唇は君の本当に好きな人にとっておきたいからね。」
彼の実体を持って触れられた頬がたまらなく熱い。
親にすら触れられたことのない感触に心の熱が止まらない。
「…あほ。」
一瞬の隙を突いて文華が《恋人たち》に手を伸ばす。
ちゅ。
そして軽く触れた口唇と口唇。
《恋人たち》の目が大きく開かれた。
「って文華…。」
全面を赤くして俯く文華。
「ウチが一番好きな人に…使えばいいんやろ?」
「文華…。」
軽く唇を押さえてみる。
そこには彼女の柔らかなぬくもりが残滓を伴っているのを感じた。
「はは、敵わないな…。」
《恋人たち》は額を押さえ照れた笑いを浮かべる。
そして、文華に手をのばしこれ以上自分の赤い顔を見られないようにぎゅっと抱きしめる。
「君は僕の最高の協力者だよ。」
「…いうとき…。」
緑の匂いを運ぶ風が二人を包む。
なんでもない午後。
二人だけの、穏やかな日のことだった。
|