投稿者:成実志生さん
「《女帝》、よくも俺を閉じ込めたな!」
ようやく封印から解放された俺の目の前に、憎んでも憎みきれないあの女の姿があった。
憎悪に染まった表情で俺を見つめ、力づくでカードの中に封じた、あの女。
――俺が、あんたに何をしたっていうんだ。
そんな反論すら許さない、圧倒的な力の差。
あの女の顔を瞳に焼きつけ、屈辱と絶望に胸を震わせながら、強制的に封印された、あの時。
そして、今。あの女が目の前にいる。俺のことを警戒するどころか、まったく眼中にすらない様子で。
俺は、《女帝》を弾きとばし、得物を振りかざした。が、得物は突然現れた《魔法使い》によって受け止められる。
それは、幸運なことだった。俺にとっても、その少女にとっても。結局は、人違いだったのだから。
《魔法使い》の協力者のライコだと紹介された少女を、俺はじっくりと検分した。確かに、この少女からはあの女の持つ圧倒的な霊格は感じられない。あの、絶対的とも思える存在感も感じられない。
この少女は、あの女ではない。
それなのに、どうして見間違えてしまったのか。
「これもみんな、あの女が悪いんだ」
俺はいまいましい思いをその言葉とともに吐き出した。
あの女は、思い出したくもない過去を思い出させる。
閉じられた空間で、動くことすらままならなかったあの日々をl。
運命のタロットに関わることで、ようやく自由を手に入れた俺を、あの女は再び閉じ込めた。
俺にとって最も大切だったものを、あの女は一時的にせよ奪ったのだ。いとも簡単に。
しかもあの女の身に纏う色は、あの頃を想起させる。吐き気がするほど嫌いな色だ。
純白。――あの女の纏う色。美しいと感じたこともあった。
俺は、出会った瞬間に、彼女に囚われていた。本当は、彼女に出会った瞬間に、俺の自由は失われていたのかもしれない。
その瞬間。彼女以外のすべてのものが視界から消えていた。いつもの癖で手を出しかけた《月》の存在も、隙あらばと狙う《運命の輪》の存在も。
目の前に現れた、彼女に俺の目は奪われていた。彼女以外のすべての存在が、急に色を失っていく。
幸せそうに微笑む彼女から、目をそらせない。圧倒的な霊格とその美貌。
純白のウェディングドレスに身を包む、彼女。俺じゃない男のために着るドレス。俺じゃない男に向ける幸せな微笑み。
彼女にとって俺は、参列者の一人にすぎないのだ。
俺が、たとえどんなに彼女を想ったとしても。
俺が彼女を初めて見たのは、皮肉にも彼女自身の結婚式だった。
あの日を境に俺の世界は変わった。
彼女に逢いたくて、逢いたくて。身を引きちぎられるようだった。
だが、彼女に逢って俺に何が出来ただろう。
彼女の幸せな微笑みは、夫に向けられるものだ。彼女が愛しているのは、夫だけなのだと、俺にはわかっていた。
ちらと見ただけの彼女の夫――《皇帝》といったか――も、俺とは比較にならない高位の霊格と圧倒的な存在感を持っていた。
俺には、何もできない。
無力感に襲われたとき、奇跡が起こった。運命のタロットに関わり、物質の束縛から解放されていたはずの俺ですら、奇跡としか思えない出来事。俺のもとに、天使が降り立った。
焦がれて、焦がれて。狂おしく求めた存在が、俺を見つめていた。俺だけを。
憎悪に染まったその表情さえ、美しい。
なぜ、そんな表情で俺を見るのか。そんな疑問すら思い浮かぶ余地はない。
彼女の瞳に映る俺。それだけで十分。
それなのに。
「死ね!《愚者》」
彼女の口からあふれるのは、俺への怨嗟の言葉。
「な……ぜ?……《女帝》」
俺は、カードの中に封じられ、俺の想いは、俺の中に封じられた。
あの女は、俺の自由を奪った。
あの女は、俺の心を奪った。
永遠に俺のものにはならない、《皇帝》の妻、《女帝》。
封じた想いは形を変え、俺の胸を熱くする。
俺が憎む、たった一人の女。
それすらも、アカシックレコードに記された運命だったのだろうか。
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