【囚われのまま】
                             投稿者:星月 葵さん 
月が夜の闇を飾っていた。
満月よりも、ほんの僅かに欠けた十六夜の月が、雲間から静かに月光を降り注ぐ。
それはニューヨークにある、とあるホテルの一室も、例外ではなっかった。
少女が眠っている。
彼女が背を向ける傍らには、青年が。
彼もまた、少女と同じく深い眠りに落ちているのか、常ならばとうに気づくであろう異変に、青年は変わらぬ呼吸を繰り返していた。
異変は、少女の眠る側のサイドボードからである。
前触れはなかった。
サイドボードに重なり、青い人影が顕れる。霞がかった青い衣。それを覆うように、豪奢な金の髪が、滝のように流れる。しかし、その髪もピントのずれた映像のように、はっきりとした輪郭は持たない。
 人影が動き、サイドボ−ドから抜け出した。シルエットは依然ぼやけたままだが、青年であることが見て取れる。
彼は眠り続ける少女の傍らへと腰掛けた。
柔らかなはずのマットは、それでも沈まない。上掛けのシーツですら、その表面にしわを刻まなかった。
「ライコ……」
囁くように、呼びかける。
 月光を遮る雲が途切れ、先より幾分明るい光が、ホテルの窓から差し込んだ。少女を見つめる者の姿が、闇の中、僅かに浮かび上がる。
 端整な貌。優しく細められた瞳は月明かりに煌めき、宝石のようだ。
「もうすぐだ」
 この上もなく優しい瞳を少女に向け、彼は彼女の頬に伝う涙の跡を、そっと拭った。しかし、通り過ぎたその手の後には、涙の痕跡が拭われずにある。
 彼は、自嘲の笑みを浮かべた。
「今の《魔法使い》では、ライコの涙を拭うこともかなわない……か」
 軽く息を吐き、彼は続けた。
「だが、もうすぐだ。もうすぐ、ライコの霊格はこの男に追いつく」
 首を巡らせ、少女の向こうに眠る男に向けられたその目には、冷たさだけが浮かべられていた。少女に向けられていたときのような暖かさは、欠片も残ってはいない。
 あるのはただ、冷たい憎悪。
「力さえ、《魔法使い》に戻れば」
 彼が少女と共にいた頃の、そのときだけの彼を知る者が見れば、本当に本人かといぶかしんだことだろう。
 彼はすぐに視線を少女に戻した。あれほどまでに冷ややかだった表情が、今はもうない。
「ライコ。《魔法使い》の心は、変わってなどいない」
 触れられぬことなど、彼にはわかっていた。
 男の施した封印をくぐり抜け、尚かつ気づかれぬためには、仕方のないこと。それでも、伝えておきたかったのだ。深く眠る彼女に、自分の声が聞こえないことも、わかっていながら。
 彼は身をかがめ、その手を少女の頬に添える。
「お前に百億の口づけと、千億の愛を……」
 眠る少女の唇に口づけ、彼は満足げに微笑むと消えた。
 月は光を降り注ぐ。
 少女は微睡みの中、ほのかに感じたぬくもりに、新たな涙をひとつ零した。
 拭い手はいまだ、囚われのまま……。

−END−


投稿者後書き

 このネタ、《隠者》の最後に出てきた《魔法使い》が、もしライコを協力者
としている《魔法使い》なら、どうして今まで出てこなかったのかなーという
疑問から生まれました。
 バイリンガルなほどの霊格をライコが持っていたのなら、出て来れても良さそうなのにと。で、カインに妙な封印されていた。→でも精霊を人間が完全に押さえとけるとは思えない。→カインが熟睡中なら《魔法使い》も動けるのでは?→でもばれるとやっかいだねぇ。とゆう論法でこうなりました(笑)。

 しかし、私の他にも同じ考えの方がいらしたんですね。ゆかさんトコのねたバレで、この話題が出たとき、少々びっくり。そしてネタ被って怒られないかしらとびくびくでした。

部長のコメント

HP開設記念に頂きました。この小説頂いただけでもあぁHP作って良かったな〜と思いました!!
 内容は・・・切ないです!頑張れ《魔法使い》!と声援を送りたくなりました。涙すらぬぐえない《魔法使い》が・・・。もどかしいやら、なんやら・・くぅ〜 
O(≧_≦)0早く幸せになって!!って感じです。

副部長のコメント

《魔法使い》ーーっっ!!ああもうっかっこいいーーっっvvv
大人になったねぇ。会えない時間が2人の愛育てるのさ〜♪(←嬉しさの余りちょっと壊れたらしい)この場合辛いのは《魔法使い》のが上だと思うんですが、(とりあえず)割り切ってじっと耐えている彼がっ!もうっっ!!
カインちゃん、今から覚悟ーって感じ。
こんなに素敵な小説投稿していただいて本当にありがとうございました♪めちゃくちゃ幸せです♪
また、よろしくっていったらダメですか(^^;)

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