【未知との遭遇】

投稿者:ガハさん

 一九六二年八月二日午後四時三〇分に近いかもしれない時間。
 《女教皇》、《魔法使い》、《恋人たち》、文華は、移動中にどこからか
弦楽器の音色がするのを聞いた。
「ねぇ、あれ、何の音?」
「うーん、何やろなぁ。弦楽器みたいやけど…」
 悩む二人に、《恋人たち》は、
「…行ってみる?」
と表情をうかがった。
「《魔法使い》は、余計な寄り道が嫌いなのだがなァ」
 しかめっ面で答える《魔法使い》を無視して、一行は音の流れてくる方へと
向かった(このとき、《魔法使い》がしぶしぶながらもついて来ていることは
言うまでもない)。

 すると、大きな木の上で、二〇代くらいの男性と四〇代くらいの男性が二人、
五人の美女の舞をくつろいだ姿勢で見ていた。
音色は、このうちの若い方が弾いている琵琶から出ていた。七人とも平安貴族風の
ゆったりとした着物を着ている。
見るからに高価な着物だ。五人の美女にいたっては、羽衣のような美しい布を
かけていた。
さながら、公達たちが緑の絨毯の上で舞う舞姫たちを堪能しているかのようで
ある。
 その光景に、歓声が上がった。
「わああ、きれいやわあ!」
「きれいな音だねぇ」
「確かに、《審判》の吹くラッパよりはずいぶんマシだね」
 《恋人たち》も賛同を唱えた。が、そこに《女教皇》の聞き慣れない精霊の
名前が出てきた。
「《審判》?」
「あぁ。ティターンズ最強コンビの片割れさ。…とんでもない音を出すよ、
彼のラッパは」
 問いかける《女教皇》に、《恋人たち》はにこやかに答えた。脇から文華が、
「《女教皇》、一度聞いてみたらどないや?」
「……遠慮する」

 ……しかし、近い未来において、はからずも《女教皇》は《審判》のラッパの
音を聞くこととなる(アーメン)。

「何者だ、貴様らは」
 不機嫌そうな《魔法使い》はステッキを出して、いきなり臨戦態勢に入る。
 すると、フイに、
「相手方の名を問うより先に、自ら名乗るが筋というものぞ?」
 五人の美女と音色が消え、年上の方の男性がにらみながら口を開いた。
「問うているのは《魔法使い》の方だ」
 さらに不機嫌な声を出して反発する。
 はからずも「自己紹介」していることに気づいた三人(正しくは一人と二精霊)
は、ため息をはいた。
そのため息が「呆れ」だと知ると、《魔法使い》は「フン」と鼻をならす。
 その様子に、年上の男性がおおらかに声を上げた。
「ほほう。また変わった名前よのう。我は【宿世の百人一首】十二番をつとめる
【僧正遍昭(そうじょうへんじょう)】なるぞ」
「貴様もおかしな名前だなァ」
「ちょっ、ちょっと、《魔法使い》!」
 【僧正遍昭】と名乗った人物(?)の眉がピクリと上がったのを見て、
すかさず《女教皇》がたしなめた。
「貴女の御名は何と申される?」
 若い男性が《女教皇》にやんわりと訊ねた。
 話をふられるとは思わなかった《女教皇》は、
「あ、あたし?! え、えっと《女教皇》と言います」
と詰まりながら、頭を下げた。その様子に、訊ねてきた男性は、にっこりと
ほほえんだ。
「ほう。また一風変わった、趣のある御名でありますな。…して、
《女教皇》どの、こちらは?」
 男性は他の二人についても《女教皇》に聞いた。
「こっちが文華で、こっちが《恋人たち》です」
 紹介された二人は、「どうも」とおじぎをした。
「ほほう。これはまた風情のある名よのう、【中納言敦忠】殿」
「はい、左様にござりまするな、【僧正遍昭】どの」
 【中納言敦忠】と呼ばれた若い男性は、【僧正遍昭】に相づちを打つと、
「私は【宿世の百人一首】四十三番をつとめます【中納言敦忠】と申します」
 やんわりとおじぎする。それを見届けた《魔法使い》は、
「それで。貴様らはここで何をしているのだ?」
 ステッキを振りかざした。
「あああ、もう!!」
 毒づきながら《魔法使い》を制す《女教皇》。その様子を見て、二人は
つぶやくのだった。
「なんだか、《女教皇》は“世話好き女房”って感じだね(ぷっ)」
「うん、そやな(ぷぷっ)」
 ……そんなことなど聞こえていない《女教皇》は、あわてて注意をそらそうと
する。
「さっき、女の人が五人踊ってたと思ったんですけど、あの人たちは誰なんですか?」
 すると、【僧正遍昭】は「よくぞ聞いてくれた」という勢いで、
「あれはな、我の“歌”にて呼び出した者たちじゃ」
「“歌”?」
「左様。我らは『小倉山荘色紙和歌』…つまり、俗に言うところの『小倉百人一
首』と呼ばれるものに参列し、それぞれの番をつとめておる。そこにある自らの
“歌”によって、さまざまに力を行使できるのじゃ」
「まるで、タロットの象徴の力みたいやな」
 《女教皇》と【僧正遍昭】のやりとりを見て、文華がふと感想をもらす。
それに反応した【中納言敦忠】は、文華に訊ねた。
「貴女方も、何か力を行使できるのですか?」
 「しまった」と口を押さえる文華の代わりに、《恋人たち》が答えた。
「ええ。例えば、こんな風に、ね」
 言うが早いが、《恋人たち》は“幻像”を使って、荘厳な舞台を出した。
「おお! なんという美しさじゃ!!」
「何とも赴きのある佇まいですなあ。これなら【をとめ】たちも踊り甲斐が
あるのではありませぬか?」
「おお、そうであるなあ。では―」

 天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ
      をとめの姿 しばしとどめむ

 【僧正遍昭】が詠うと、彼の頭上に五つの光が現れ、さきほどの女性の姿へと
変じた。
「さあ、【をとめ】たちよ。我のために舞ってたもれ!」
 【僧正遍昭】が声をかけると、【をとめ】たちは舞台に上った。
【中納言敦忠】が琵琶を弾き出すと、それに合わせて舞い始める。
「わぁ! きれい〜!」
「ほんまやわ〜。なんか、おとぎ話に出てくる天女みたいやね〜」
 女性陣の歓声に、【僧正遍昭】は満足げにうなずき、
「この【をとめ】たちはのう。我が目の当たりにした‘五節の舞’を踊った天女
たちの姿なのじゃ」
 自慢げに【をとめ】たちを指した。
 うっとりと、【をとめ】たちの舞に見とれる女性たち…というより《女教皇》を
見て、さらに不機嫌になった輩がここに一人。
「はン。くだらないなァ!」
 《魔法使い》は、いつも以上に快活な声音で評した。
「今、何と申した?」
 ピクピクピクッと、【僧正遍昭】の眉が動く。その表情に、おかしそうに顔を
ゆがめた《魔法使い》は、鼻で笑って応じた。
「フン。《魔法使い》はくだらないと思ったから、くだらない、と意見した
までだ」
「なんじゃと!」
 【僧正遍昭】はさらに怒りを募らせた。脇では、「まあまあ」と【中納言敦忠】
が必死に、でもやんわりとなだめている。
「《魔法使い》、言い過ぎだよ! なんでそんなこと言うのよ」
「なぜ《女教皇》がムキになるのだ? ……《恋人たち》よ、先を急ぐぞ。
フェーデが待っているのだからなァ」
「……僕は別に構わないけど」
 本当にいいの? と、《女教皇》と文華に目で確認をする。文華は肩を
すくめてみせた。《女教皇》は大きく溜息をついて、
「《魔法使い》、どうしてあんたはそういう態度をとるわけ?」
「《魔法使い》は、《魔法使い》の思ったように行動するまでだ」
 どこが悪い、と自信たっぷりの表情をする。いよいよ【僧正遍昭】の怒りが
あふれ出した。
「えぇい、我慢ならん! さあ、【をとめ】たちよ。我のために討ってたもれ!」
 すると、【をとめ】たちは舞をやめ、一斉に《魔法使い》に向かっていった。
《魔法使い》は、
「受けてやろうではないか」
 不敵な笑みを浮かべて、ステッキを構えた。
「おいおい、これからフェーデがあるんだろう?」
と、《恋人たち》が呆れ声を出したとき。
「待たれよ」
 突然のことに、双方とも動きが止まる。
 厳かな声と同時に、またもや平安貴族風の男性が現れた。
年格好は【中納言敦忠】よりもいくらか年上、といったところか。全体的に
落ち着いた雰囲気を持っている。
「これはこれは、敏行朝臣どの」
 【中納言敦忠】は、琵琶を脇に置いてあぐらの前に手をついて丁寧に礼をした。
「敏行朝臣」、と呼ばれた男性も同じように礼を返した。
「これは敦忠殿、恐れ入る」
「……あのう、誰ですか?」
 【中納言敦忠】の肩を、《女教皇》は遠慮がちにたたいた。【中納言敦忠】は
やんわりとほほえんで、
「こちらは【藤原敏行朝臣】どの。私たちと同じ【宿世の百人一首】の十八番を
つとめるお方ですよ」
「お見知り置きを」
 《女教皇》にも先ほどと同じ礼を返した。
「さて、【僧正遍昭】殿。舞の席で争いごとなど、およそ貴殿らしくないふるまい
ではありませぬか」
「うむ、そうであったな。……だがな、【藤原敏行朝臣】殿、この《魔法使い》
なる者に我の【をとめ】たちを辱められたのじゃ。そなたならこの我の悔しさ
察してくれるであろう?」
「何を言う。《魔法使い》は、思った通りのことを言ったまでだ」
 名指しされて、《魔法使い》は心外だ、と言わんばかりの表情だ。両者を
見比べて、【藤原敏行朝臣】は、嘆息した。
「相わかった。【僧正遍昭】殿、ここはこの敏行にまかされよ」
「ほう。貴様が《魔法使い》の相手をするというのか?」
 自信家っぷりを見せて、《魔法使い》はステッキを構えた。
「いや、《魔法使い》殿。この敏行、貴殿と争うつもりはない」
「何?」
「貴殿には、眠っていただこう」
「フン。《魔法使い》は眠くないぞ」
 言うと《魔法使い》は《女教皇》たちが止めるのも聞かず、【藤原敏行朝臣】に
光球を見舞った。
それを紙一重でかわすと、【藤原敏行朝臣】はおもむろに“歌”を詠んだ。

 住の江の 岸による波 よるさへや
      夢のかよい路 人目よくらむ

 すると、突然青みがかったもやが現れ、あっという間に《魔法使い》を
飲み込んだ。
「《魔法使い》!」
 3人が一斉に駆け寄った。もやは消え、目を閉じたまま動かなくなった
《魔法使い》を《女教皇》が支えた。
「《魔法使い》に何をしたの?!」
 《女教皇》の声に、《恋人たち》と文華は、手に放電光をまとわりつかせ、
臨戦態勢を取る。
しかし、【藤原敏行朝臣】は落ち着き払っていた。
「貴女の心配は無用。《魔法使い》殿は眠っているだけだ」
 文華が《魔法使い》をじっと見ると、確かに息をしている。
「ほんまや。寝てるだけみたいやな」
「でも、今【藤原敏行朝臣】は“歌”を詠んだんだぞ? 
何かあるんじゃないか?」
 未だ放電光をまとわりつかせ、《恋人たち》は【藤原敏行朝臣】をにらんだ。
にらまれた方は、それを真っ向から受け止めながらも笑みを浮かべた。
「左様である。貴殿は察しがよい」
「……こんなんでほめられても、ね」
 《恋人たち》も、口だけで笑って見せた。
「ただ眠っただけでないなら、この後になにが起きるんだ?」
「夢を見るのだ」
「夢?」
 《女教皇》は思わず、《魔法使い》の顔を見やった。
「そう、夢。《魔法使い》殿には、自らにとってもっとも苦しく、つらいとする
出来事を夢に見てもらっている」
 その声に応じるかのように、《魔法使い》が突然顔をしかめ、うめき声を
上げた。
「ま、《魔法使い》!」
「無駄だ。たとえ揺すろうとも、夢を見終わるまでは、起きることはあるまい」
 【藤原敏行朝臣】の言葉に、《女教皇》は下唇を噛んだ。
「おお、さすが【藤原敏行朝臣】殿! 我の恨みをはらしてくださったこと、
心より感謝いたしまするぞ」
「いや、この敏行、貴殿の恨みをはらしたかったのではなく、この場を鎮めた
かっただけ。感謝にはおよびませぬ」
「……我としたことが、いやあ、お恥ずかしい」
 【僧正遍昭】は、後ろ頭をペチッとたたいた。
 【宿世の百人一首】たちのやりとりには構わず、《女教皇》は無駄と知りつつ
も、眠っている《魔法使い》に必死に話しかけた。
「《魔法使い》、《魔法使い》!」
 ふいに、《魔法使い》は寝言を言い始めた。
「…どこへ行く…のだ」
「《魔法使い》?!」
「どこへ…行くというのだ、《女教皇》…」
 ……《魔法使い》と取り囲んでいる三人とも、唖然とした。
「……なんだ、《女教皇》の夢を見てるのか」
「なんや、心配して損したわ」
 ……《女教皇》は顔を赤くしているしかない。

「《女教皇》、行くのでは…ない。《魔法使い》を置いて行くな…。《魔法使い》
と…のつなが…りは、消えないのだ…」

 ……二人は大爆笑した。
「なあんだ。《魔法使い》って結局、《女教皇》に首ったけなんだね」
「良かったなぁ、《女教皇》」
 二人の冷やかしに、《女教皇》はますます顔を赤くするしかなかった。
そして、《魔法使い》の寝顔を見て、一言。
「ばかっ」

 この後、密かに【中納言敦忠】の“歌”によって、四人の記憶が消されたのは、
言うまでもない。


投稿者後書き

ゆか先生の「ねたバレ掲示板」で一時期盛り上がった「百人一首」ネタから、この話ができあがりました。
最後の【中納言敦忠】の歌は「あひ見ての 後のこころに くらぶれば 昔は物を 思はざりけりで、行使できる力としては「記憶をなくす」という、安易なものを想定しています(笑)
書いているうちに《魔法使い》がどんどんお茶目になっていってしまったのが、ガハ的におもしろいやら冷や汗かいたやら…(苦笑)
書き終わって「嗚呼、《魔法使い》ファンのみなさん、百人一首愛好家のみなさん、本当にごめんなさい」というのが、ガハの正直な感想です(沈)

部長のコメント

百人一首です!こんな感じにアレンジされてるのも楽しいですね〜。
とてもおもしろく読まさせて頂きましたv
なにげに《女教皇》に首ったけな《魔法使い》が良いです(笑)そして文華と《恋人たち》のコンビもいい味出してます(^^)
【宿世の百人一首】の他のメンバーも是非見てみたいですv

副部長のコメント

すごーいっ!かっこいい〜〜!!(笑)
百人一首をこんなふうに搦めてくるとは思ってもみませんでした!!
そして相変わらず《魔法使い》がおばかvv(←褒め言葉です)
くぅvv何でこんなに可愛いんだ♪文華と《恋人たち》ナイスなつっこみありがとう!!
何故か蝉丸の歌が浮かんだあたし。『これやこの〜』ってやつ。あれが来たらどうなっちゃうんでしょ?
とっても楽しいお話をありがとうございました♪

文芸部に戻る