【1995年9月6日】

投稿者:水月桜さん

目が醒めたら、なんだかすごくすっきりしていた。
こんなに寝覚めのいい朝はどのぐらいぶりだろう。
唯は、一背伸びしたあと、弾むようにベッドから降りた。
気持ち良すぎて、頭の中まで空っぽになった気分だ。
そう思いながら、今日の予定を思い起こす。
今日は、会社の帰りに出版社に行って・・・ 
昨日は、なにしてたん、だっ・・  !!
「ライコっ!!」

ダイニング、お風呂場、玄関。どこにも彼女は居なかった。
彼女が使った布団もそのままだったが、少女の姿は跡形もない。
そう、15年前のあの時と同じように。
探して、探して、どこにも居ないことを知らされて、力が抜けたようにキッチンテー
ブルに座り込んだとき、それが目に入った。

ごめん。帰る

(何で、こんな急に!?)
ゆるゆると、昨日の晩に自分がライコに投げつけた言葉を思い出す。
・・・大人気ないことをした。
ただの八つ当たり。
譲のことが忘れられなくて、忘れられなくて、彼女が妬ましくて仕方なかった。

なんて、醜い感情。

もう一度、部屋の中を見回した。どこかにライコの名残がないかというように。
(!) 本棚の卒業アルバムを動かした跡があった。
「そっか。分かっちゃったか・・・」
ライコのいない卒業アルバム。
こんな一人部屋先にまで持ってくる必要がないものをわざわざ持ってきたのは、
どうしても、ライコのことを、譲のことを自分の中で整理つける事が出来なかったか
らだ。
昨夜ライコがそうしたであろうように、椅子の上に立って卒業アルバムを取り出した。
一枚づつページをめくる。
写真の中では、自分も少女のままだ。
時を止めて笑っている。

デビュー作も主人公は、ライコがモデルじゃない。
置いていかれた自分だ。

‘‘ごめん。 帰る’‘

「どこに・・・?」
小さく声に出して呟いてみる。
たった、一言、残して、彼女はまた行ってしまった。
唯は知っている。少女が帰ってこなかったことを。
彼女の帰るところは、もう自分と同じではなくて、永遠に、少女のまま、自分とは違
う時を過ごしていく。
そして、大河譲の行くところは、彼女のところ。
自分だけが、置いてかれてしまった。
ぽろぽろ涙がこぼれてきた。
上を向いて、鼻をすする。
卒業アルバムを最初のページからめくり始めた。
高校の入学式、クラス写真、課外授業、部活動。
どこも、ライコと一緒に写っていた。
個人のアルバムも棚から引っ張り出す。

いっぱいいっぱい、一緒に笑ってた。

「クラブのカメラで、こっそり取ってたんだっけ・・・」
知らず知らずのうちに口元に笑みがこぼれる。
大切な大切な思い出。
そう、ジョウと付き合っていた大学時代だって、大事な時だった。
そう、今だって、ライコもジョウもこんなにも愛してる。

キッチンに陽射しが差しこむ。
見上げれば、太陽があんなにも高い。
・・・顔を洗って会社に行かなくては。
急に現実なことを考えた。
覗き込んだ鏡には、29歳の自分の顔がある。
この体が、自分が29年間生きてきた証。
そして、これからも生きていくためのもの。

譲が誰を好きであろうと、この気持ちは変わらない。
そう、この先自分に違う誰かが現れても、嫌いになることなんて、忘れることなんて出
来ない。
ライコの事だって。
それで、いい。

運命の偶然。
彼女をここに運んでくれた運命に、どう感謝しよう。
今、この時に、後ろばかり見て、歩き出せない自分に会ったというのはなんていう偶
然だったんだろう。
今度、ライコに会えた時は、きっと笑顔で会える。
きっと。
そしてジョウにも。

すごくすごく、長い夜がやっと明けた気がした。


投稿者後書き

宇多田ヒカルの、♪癒せない傷なんてないよね〜のワンフレーズから出来ました。

部長のコメント

唯の大人の女性としての感情を描いたような作品だな、と思いました。自分にはとても描けない部類に入るので、まさに書いてくれてありがとうー!な作品ですv

副部長のコメント

唯〜!!どちらも辛い邂逅だったけれど、必要な邂逅だった。《女帝》の言葉が身に染みます。ここでやっと過去の呪縛から解放されて生きていけるんですね。幸せになる為に。人生はこれからだ!!

唯はかなり好きなキャラなので書いてくれてとても嬉しいです♪
何だかとてもほっとしました。ありがとうございました♪

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