『たとえばこんな日曜日』
                 

「ライコ、これ例のチケットね」
「あ、ありがとう。えっと、明日10時に駅で待ち合わせでいいのよね」
「うん。映画は11時からだから。くぅ、待っててねーあたしのシャア様。」
「ふふふふー。楽しみー。」

土曜日の放課後の教室で、唯とライコは手にしたチケットを眺めながら
幸せそうに笑っていた・・・傍から見れば充分怪しいニヘラ〜とした笑みだったが。
二人が手にしている映画のチケットは、普段めったに手に入らない優待券。
しかもその映画とは『機動戦士ガンダム 劇場版』二人の嗜好をよく知っている、
唯のバイト先の店長で従兄の和国さんの計らいで手に入れたものだったのだ。
明日は待ちに待った映画の初日。
これでこの二人に壊れるな、という方が無理かもしれない。
しかし地獄の底から響くような、しかしどこか間延びした声が、
舞い上がっている二人の後ろから聞こえてきた・・・・−−−−
「−−−−ゆーいー・・・まさかとは思いますけれど、
明日のどうしても外せない用事というのは
それのことじゃありませんよね・・・・」
ドキーンッッ!
思わず二人して硬直する。そして次の瞬間、唯はライコの後ろに慌てて隠れた。
「お願い、見逃して〜〜伊藤ちゃーん・・・」
半泣き状態の唯に対して伊藤さんはただ微笑んでいる。
でも・・・目が全然笑ってなくて、ハッキリ言ってとても怖い・・・・
「月曜日は入稿だって分かってますよね?おたく、原稿はあがっているんですか?」

静かに、でもとてつもない圧力でもって唯を見る伊藤さんの目の回りには、
明らかにここ数日寝ていないと思われる隈がくっきりと浮かんでいた。
「・・・・そ、それは、頑張って今夜・・・明日の朝までにはちゃんと書くから・・・」
「この間もそう言って、結局落としたじゃないですか」
「でも明日は映画の初日なのよっ!ライコもどうしても
行きたいって言ってて約束していたんだもの」
ぐいっとあたしを伊藤さんの方に押し出して盾にする唯。hっ・・・困った・・・
「水元さんはいいんですよ。楽しんできて下さい。あ、パンフレット見せて下さいね」
にっこり。有無を言わせない微笑みというものを始めて見た・・・
「さあ、唯。あなたが書かないと私も終われないんです。行きますよ」
「そんなぁ〜〜(号泣)」
ズルズルズル・・・引きずられていく唯をあたしはただ引きつった笑みで見送るしかなかった・・・

◇ ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「唯の莫迦ーーっっ!・・・でも一人で行くのはなぁ・・・」
チケットを眺めながらあたしはベッドに寝転んだ。
アニメが好きで何が悪い、とはいえ、映画を一人で見に行くのは少し気が引けてしまうのだ。
「さっきから何を騒いでいるのだ?」
「《魔法使い》・・・いい加減逆さまに現れるのやめてよね」
反射的に枕を押し付けてから身体を起こした。
全然気にした様子もなく《魔法使い》はあたしの手からチケットを取るとまじまじと見ている。
「それね、唯と一緒に行くはずだったのにダメになっちゃったのよ。あー、でも見たいなぁ」
「・・・ライコも相変わらずだなぁ。行きたいのなら行ってくればいいではないか」

「だって一人じゃ行きにくいんだもん」
ムスっとした声で見上げると、妙に不適な笑みを浮かべた
《魔法使い》がヒラヒラとチケットを振っていた。
「では《魔法使い》が付き合ってやろうではないか」
−−−−えっ?
「付き合ってくれるって・・・あんたが?」
「ほかに相手もいないのであろう?
 我がままな協力者殿にたまには《魔法使い》も付き合ってやるさ」
宝石の瞳が楽しげに揺れている。
なんだか急に恥ずかしくなってあたしは慌てて視線を反らした。

 だって、これはつまり・・・
《魔法使い》とデートってこと?!
     ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

・・・・・集中出来ないよぅ・・・
肩にまわされた腕の感触に神経が集中しちゃって、肝心の映画が頭に入らない。
《魔法使い》が隣にいることは、すでに当たり前のことになってるのに。
何で実体持ってるってだけでこんなに緊張しちゃうんだろう。
今日は朝から調子が狂いっぱなし。
今さらなのに、服を選ぶだけで1時間以上かかったし。
初めて待ち合わせ、なんてこともしたし。
駅で待っていた《魔法使い》に、あたしは一瞬見とれてしまったんだけれど。
何でだろう。見慣れているはずの超絶美形顔が何時にも増してかっこ良く見えたのは。
多分周囲の視線もあるんだと思うけど。
なんだか、恥ずかしくてくすぐったくて、あったかい。
何気なく身体が触れているだけでドキドキしてしまう。
・・・・あたし、やっぱりこいつのことが好きなんだな。
改めて実感して顔が火照ってくる。
映画館の暗闇の中では、赤くなった顔は見えないと思うけれど。
チラっと横目で《魔法使い》を見ると、妙に真剣に映画に見入っている。
なんだか可笑しいや。
「ん?どうかしたのか?ライコよ」
あたしの視線に気付いて《魔法使い》が振り向いた。ドキンっと一瞬鼓動が大きくなる。
「な、なんでもない。なんでもない」
小さく手を振って慌てて画面を見るけれど、今度はあたしを見つめている視線が
気になって集中出来ない。
クスリ、と小さく笑う声。
「映画よりも《魔法使い》の方が気になるのか?」
「んなっ、そんなわけないよっ」
「ライコはすぐ顔に出るからなぁ」
暗闇の中でもハッキリとわかる程真っ赤になったあたしを楽しそうに眺めて、
《魔法使い》の手があたしの頭を撫でていった。
いつもよりも柔らかい眼差しと声。
なんだか妙に気恥ずかしい。
結局。あれだけ楽しみにしていた映画だったにもかかわらず、その内容は
あたしの頭にはほとんど入らないまま、あたし達は映画館を後にした。
「ライコよ。映画は終わったが、この後どうするのだ?」
暗闇に慣れた目に外の光は眩しい。
《魔法使い》の声に振り向いて、そしてあまりの眩しさに何度か瞬きをした。
日の光に反射する、《魔法使い》の金色に流れる髪。
本当に、綺麗。
「ライコ?」
再度名前を呼ばれて、覗き込んできた瞳が合ってやっと我に返る。
「ああ、えっと・・・どうしよっか」
まだ日は高く、このまま帰ってしまうのも勿体ない気がした。
特に目的というものはないけれど、もう少し、この《魔法使い》と一緒にいたい気がする。
なんだか普通のカップルに見えているのが嬉しいから。
相変わらず《魔法使い》に向けられる、羨望や驚嘆の眼差しは多いけれども、
それに伴ってあたしに向けられる好奇の目もあるけれど、
前みたいにあまり気にならなくなっていた。


少しは自信がついたのかな。
《魔法使い》の隣にいる自分に。
《魔法使い》に想われている自分に。
と、突然ぐいっと腕を掴まれて引き寄せられた。
「何をボウっとしているのだライコよ。
信号が赤だぞ」呆れたような瞳にテヘヘっと
笑い返してから、あたしは彼の腕に自分の手を
絡ませた。
「せっかくだから色々見ていこうよ。ね?」
あたしの行動に少し驚いていた《魔法使い》の
顔に苦笑が広がる。
すっと指がのびてきて、いつものように額を
突かれた。
「今日は1日ライコの我がままに付き合って
やるさ。たまにはこういうのも悪くない」
うん。こういうのも悪くないよね。
そして信号が変わって歩き出した人波に
混ざっていく。まだデートは始まったばかり。

◇ ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「ライコー。パンフレット見せて。」
「・・・・あ・・・(汗)」
存在すら忘れていたあたしが、徹夜あけの唯に泣かれたことは言うまでもない・・・


 副部長のコメント
 友人の同人誌のゲスト原稿にあげたものですが、掲載許可をもらったのでこっちでもup。
 好きだなぁ、デートネタ(笑)
 ページ数が決まっていたので前半で終わらせちゃったんですけど、この後を書こうかなぁと、
 考え中。でも結局甘くなるだけだし。どーするかなぁ。

 部長のコメント
 もしかして初デート?ういういしいです(#・・#)後半書いて!!
 絶対書いて!ライコと実体持った《魔法使い》のデートなんて、うっきゅ〜見たいでする〜。

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