このままでは自分は昴を失う事になる…
新次郎は激しい焦燥感を感じた。
嫌だ
嫌だ
昴を失うくらいなら、いっそ人を殺してでも…
その考えは何度も新次郎の頭の中をよぎった。
でも人として許されないその行為は考える事すら恐ろしく、すぐに首を振って打ち消す。
だが、打ち消しても打ち消してもその考えは
すぐにまた思い浮かんでくる。
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新次郎は家路を急いでいた。
今日もまた、昴を助ける手だてはみつからず
ますます焦燥感は募ったが、今は少しでも早く昴に会いたかった。
病んでなお美しいあの人
今は床から動く事もままならず、
ただ、自分の帰りを待っていてくれる。
たまらなくなって新次郎は泣きながら駆け出した。
が、何かにつまずいて派手にころんだ。
「わっひゃあ!!」
土にまみれながら振り返ると、そこには旅人が倒れていた。
どうやらその人につまづいたらしい
「す、すみませ…」
あやまりかけたが、すぐにその旅人が怪我をしていることに気がついた。
「ど、どうしたんですか?!」
「う…あ…」
「こ、これは!すぐに止血します!」
その旅人は山越えの際、狼にでも襲われたのか
ひどい怪我だった。
もう、助からないのは明白だ。
(どうせ死ぬのなら…昴さんに…)
浮かんだ考えのあまりの恐ろしさに新次郎は
その場から逃げ出した。
走って、走って家まで辿り着いた。
「…お帰り、新次郎」
「はぁ、はぁ…」
顔色は真っ青で、荒い息をついている様子に何事かと昴は首をかしげた
「どうしたんだい?新次郎。何かあったのか?」
少しでも新次郎を落ち着かせようと、
笑みを浮かべる
衰弱している事もあって、その笑顔は儚く
今にも消えてしまいそうだった。
「嫌、嫌だ。嫌だぁぁ!昴さんがいなくなるなんて嫌だ!
うわぁぁぁぁ!」
その場で座り込んで号泣する新次郎に駆け寄って抱きしめてやろうと
身を起そうとする。しかし、すでにそんな体力は残されていなかった。
でも、少しでも彼に近づきたくて、昴は必死に手を伸ばす。
「新次郎、泣かないで、僕のところに来て」
「ふっ、え…、昴さん、し、しょ、ふえ…昴さ、ん、ひ、と…」
ただひたすらに昴の名前を呼びながら泣きじゃくる彼を見て、
昴は胸が痛んだ。
これ以上掛ける言葉がみつからず、彼の様子を窺っていると
泣きじゃくりながら、彼が言っている事に気がついて昴は驚愕した。
ーー昴さんは食事したら生きる事が出来ますか?
ーーすぐそこで、旅人が死にかけているんです。
駄目だ
昴は青ざめてぎゅっと瞳を閉じる
いつも他人の為に尽くしていた彼
誰にでも優しくて人間が大好きだった
昴の為に、居場所を追われた事もあったけれど
それでも人々を助ける仕事はやめなかった
他人の為ばかりにつくす姿をみて、密かに妬いた事も
あったけれど、そんな彼を愛していたのに
このまま一緒にいたら、新次郎は自分の為に人の道を踏み外してしまう
それだけは、絶対に駄目だ。
今まで、別れなければ別れなければと思いながらも
つい彼に甘えて一緒にいたけれど、
もう限界だ。
これ以上一緒にいれば、新次郎を不幸にするだけ。
どうやって彼と別れるのか
それはとても簡単な事だ。
今まで新次郎に嫌われるのが恐ろしくてやらなかった事を
彼の目の前でやればいいのだ。
そうしたら、きっと彼は自分から離れて行くだろう
「新次郎…では、その旅人とやらをここに連れてきてくれ」
ビクリと一瞬肩を竦めた後、新次郎はうつむいたまま
ぐっと涙をぬぐった。
そのまましばらく無言でうつむいていたが、
やがて一度も昴を見る事なくふらりと家を出ていった。
そして数刻後、
息絶えて間も無い旅人を背負って帰ってきた。
昴は新次郎が持ってきたその旅人の腕を手にとった
そして、数年ぶりに『食事』をした。
久し振りの『食事』は昴に力を与えたが
すさまじい吐き気と震えが止まらず目まいがした。
だが、昴はそれらをぐっと押さえ、新次郎を見上げた
新次郎は昴が『食事』をしている間、
ずっと目をそらさず見ていた。
でもそのこぶしは握りしめ過ぎて血が流れ
身体も小刻みに震えていて、何かをこらえているのは明白だった。
昴は新次郎をあざ笑うかのような笑みを浮かべて言った
「こんな僕を君は愛せるというのか?」
新次郎は息を飲んで、目を見開く。
そして一度きつく目を閉じてた後、
ゆっくりと目を開けてまっすぐに昴を見る。
その目は昴が驚くほどに落ち着いていた。
「愛せます。ぼくはどんな貴方でも愛せます」
莫迦な、と昴は思った。
「人食いだぞ!本当に分かっているのか?!
僕は君たちからみたら化け物以外の何者でもないんだ!」
「わかっています。なら…」
「な…」
昴は目の前の光景が信じられなくて目を見開く
「や、やめろ!!」
慌てて新次郎の腕をつかんでその行為をやめさせる。
だが、時すでに遅く、彼が「それ」を飲み込むのが分かった。
「これで、ぼくも貴方と同じ『人喰い』です。しかも『人間』で『人喰い』です。
昴さんのように生きる為に必要な訳でもないくせに。最低です」
「し、新次郎…なんて、こと、を」
力が抜けて、ぺたりと床に座り込む
「昴さん、こんどはぼくが貴方に問います。
こんなぼくを貴方は愛せますか?」
新次郎がここまでしたのは、自分の為だ。
自分は新次郎と同じものにはなれないと思っていた。
新次郎もそれは感じていたのだろう
だから、彼は自分が昴と同じになればいいと思ったのだ。
なんてことを新次郎にさせてしまったのだろう
身体の震えが止まらない
彼が自分の為にここまでするとは思わなかった。
そして今、自分は何を感じている?
彼を人として許されない大罪に走らせた事に対する罪悪感
だが、それと同時に
これ以上はないくらいの喜びを感じていた
これで、新次郎は僕と同じモノ
彼はもう人の世界には戻れない
これで本当に一生僕だけのモノにできる
「昴さん、ぼくの問い掛けに返事を、下さい」
昴は口の端に笑みを浮かべた。
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その後二人の姿をみた者はいない。
だが、ときおり不治の病に犯された者や
大怪我を負った者が神隠しにあう事があると
「山から鬼がやってきて連れ去った」
と人々の間でひそやかにささやかれるようになったという。
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END
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