『食事』をしなければ死ぬ。
だが、彼と過したこの数十年で昴は変わった。
「人」を喰う自分は彼の横にはいられないような気がした。
だからもう『食事』をする事は出来なかった。
どんどん衰弱する昴の看病をしながら
新次郎は様々な文献を調べた。
どうにかして昴を救いたかった。
でも、人の命を食べる以外の解決策はどうしても見つからない。
その日も泣きながら、昴の枕元にやってきた。
「昴さん…街の古本屋さんで本を見てきたんですけど
方法が見つかりませんでした。ごめんなさい」
「いいんだよ…新次郎」
寝床から腕を上げて新次郎の髪を耳にかけてやる
それだけで、腕に疲労を感じたが、
それでも昴は微笑んだ。
その笑顔に見とれていた新次郎だったがすぐに頭をふって言った。
「昴さん、今日、古本屋のおじさんに聞いたんですけど
ここから片道10日くらい離れた大きな街に
図書館があるそうです。本もたくさんあるそうですから
ぼく、行ってきます!」
「…片道で、10日…」
「昴さんと離れているのはぼくも辛いですけど、
望みがあるなら、それにかけたいんです!」
新次郎が自分の為に行動しようとしている事は分かった
でも
「行かないでくれ」
「昴さん…」
「片道で10日なら往復で20日、調べる期間も必要だから
全部で一ヶ月近く、君と離れる事になる」
「はい、でも…」
本当は、言いたくなかった。
でも言わなくては
「駄目なんだよ、新次郎。僕はもうあと一ヶ月も生きられない」
「昴さん!!」
「ごめん。だから、せめて最後まで側にいてくれないか」
「ひっく、い、いや…ぅえ…」
ぬぐってもぬぐっても涙が止まる事はなかった。
「泣かないで、僕の望みをかなえてくれ」
「…はい…」
それから新次郎は泣かなかった。
残り少ない時間を少しでも楽しいものにしたかったから
昴にはいつも笑顔で接し、少しでも昴が笑ってくれるように努めた。
二人で過した月日の中であったささいな事を
思い出話として話したり、時は穏やかに過ぎていった。
そして、終りの日がきた。
「新次郎…」
「昴さん、昴さん。嫌です!!」
ぐったりした昴の手を握り、新次郎はすがった。
「最後に、お願いがあるんだ…。聞いてくれる?」
「なんでも言って下さい」
「キスしてくれないか」
「え…で、でも…」
自分は、昴にとって猛毒だ。
こんな弱った状態でキスなんてしたら、
弱った昴の最後の命の炎を消してしまうのではないだろうか
「いいんだよ…好きな人とキスもしないまま死ぬのは嫌だ」
言って、腕を新次郎の首にまわす。
長く患っていたが、昴の美しさは少しも衰えておらず
わずかに浮いた汗がなんともいえない色気を醸し出していた
唇も淡い桃色で、新次郎は引き寄せられるまま、唇を重ねた。
最初は、軽くついばむように
「ん…、ぅん」
昴は新次郎の唇を舐めてみた。
甘い…
思わず目を見開く。
なぜ?彼は自分にとって猛毒だったはずなのに。
まだ100年経っていないのにどうして突然、毒ではなくなったのか…
ふと、以前同じように100年をやっていた仲間の妖の事を思い出した。
その妖がいっしょに過していた人間は
新次郎と同じように、自分を飼育する妖と仲が良く
二人で楽しそうに過していた。
だがその人間は100年経つ前に崖から足を滑らして
死んでしまったのだ。
昴は「まだ100年経っていないから毒ではないのか」
と止めたが、その妖は「おいしそうな匂いがする」と
自分のパートナーを食べてしまった。
そして、しばらくしてその妖は死んだ。
その時は、やはり100年経ってないかったから
毒だったのだと思ったが、今なら分かる。
100年というのは目安に過ぎない。
妖と人間の心が通ったとき、その人間は妖にとって
毒ではなくなるのだ。
仲間の妖が死んだのは、毒のせいではなくパートナーを
失った寂しさから死んだのだ。
今、新次郎がいなくなったら、寂しくて
自分も死んでしまうだろう。
昴の様子がおかしい事に気がついて
新次郎は唇を離して昴をのぞき込んだ。
「どうしたんです?昴さん」
昴は新次郎が自分にとって毒ではなくなった事のみを話した
それを聞いた新次郎の顔が明るくなる
「昴さん、ぼくを食べて下さい」
「なにを言っているんだ」
「ぼくの命を糧にして、昴さんが生きていくならぼくは本望です」
たまらず昴は新次郎の襟元をつかんで
顔を間近に近づけて叫んだ
「嫌だ!そんなのは自己満足だ!残された僕はどうなる?!」
「でも!…って昴さん…なんだか元気ですね」
はたと気がつく
つい先程まで腕を上げるのさえ辛かったはずなのに
「もしかして…さっきのキスが栄養補給になった…のか?」
そんな莫迦な
以前は人を殺しても殺しても飢えが満たされる事なんて
なかったのに、たかがキスひとつで?
思考にふけっていた昴だが、ふと、甘い匂いを感じて顔をあげる
「新次郎!?何をしている!」
いつの間にかナイフを取り出した新次郎が自分の手のひらを
切り裂いていた。
「昴さん、舐めてみて下さい」
赤い赤い色
以前はその血が一滴入った水に触れるだけでもひどい火傷を
負っていたのに、今はその赤から、とても甘い香りがする…
まるで蝶が花に引き寄せられるように
昴は新次郎の血に舌をはわせてみた
「甘い…」
今度は量が違うせいか、はっきりと自分の中に
力がみなぎってくるのを感じる
「新次郎…」
涙があふれる。
こんな幸せな事があってもいいのだろうか
飢えて死ぬしか道はないと思っていたのに
これなら二人でずっと生きていける
それにもう人を殺さなくてもいい
自分は、新次郎の隣にいてもいい
昴は新次郎の首に腕を回し、
飛びつくように抱きついた
「好き、好きだよ。僕は、君が好きだよ新次郎。
ずっと伝えたかった。」
言って頬を彼の胸元に擦り寄せる
その笑顔はとても可愛らしく新次郎は腕の傷も
忘れて、昴を抱きしめた。
「昴さん、ぼくも貴方が大好きです。
これからもずっといっしょに暮らしましょう」
その後、世界のあちこちで、
どこからともなく現れる美しい妖と、人間の少年の話を
きく事が出来るようになった。
その話は年端もいかない少年が巨大な化け物を退治したとか
美しい妖が一瞬にして枯れた大地を潤したとか
地域によって様々で信憑性のないものも
入り交じっていたが、かならず共通している事が
ひとつだけあった。
その妖と少年は
お互いを大事にしているのが痛い程に分かる程
仲むつまじい様子だった、と。
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END