夜の帝劇内に自分の足音が響く
普段は花組の声でにぎわうサロンも今は誰もおらず、静まり返っている。
そんなサロンを私は懐中電灯の光で照らし、異常がないか確認した。
こういった夜の見回りは基本的に大神司令の役目なのだけど、司令となって以来、彼には様々な仕事が増えた為、たまにこうして私が夜の見回りを代行している。

しんと静まった夜の2階の廊下、私は懐中電灯を片手に足を進める。
と、

ぱたぱたぱた

前方から元気な、でも夜遅い事を気づかい抑え気味にした足音が聞こえてきた。
「あ、マリアさん。夜の見回りですか?ぼくが代わりましょうか?」
彼の名前は大河新次郎。
大神司令の甥だという彼は、司令と違って実年齢よりも幼い印象が色濃い。
でも瞳に宿る正義への思いはあの人と同じで、やはりあの人の血筋なのだと実感させる。
彼は今、同じく星組の隊員である九条昴とともにこの帝国華撃団に視察に来ているのだ。
「心づかいありがとう。でもこれは私の役目だから、気持ちだけ受け取っておくわ」
「そうですか…。さすがはマリアさんです。ではよろしくお願いします」
そういって彼は丁寧に頭を下げた。
その拍子に手に持っていたお風呂セットが転がる。
わひゃあと独特の声を上げながらお風呂セットを拾う彼をよく見ればその頬は蒸気し、髪は湿っていた。
どうやら風呂上がりだったらしい。
「髪、よく乾かさないと風邪をひくわ」
「あ、はい。気をつけます」
そう言っててへへと笑う彼は可愛らしく思わず頭をなでたい衝動にかられた。
だがぐっとこらえる。
うっかり頭をなでて、その場面を彼の恋人に見られでもしたら、きっと…
いいえ、考えるのはよしましょう。
「では、おやすみなさい」
自分にあてがわれた部屋に向かっていく彼を見送って私は階段に向かうべく振り返りぎょっとする。

階段には昴がいた。

一体いつの間に…
よかった、さっき彼の頭をなでなくて。
「やぁ、マリア。夜の見回りかい?」
「えぇ。貴方は?」
「ちょっと、入浴をね」
普段着なので分かりづらかったが確かに風呂上がりらしく、多少頬が蒸気していた。
「ここの風呂は広いし、温度調節も希望通りに調節できる装置が設置されていていいね」
「それは紅蘭が温度調節機械の調整をしているからよ。
彼女に貴方が褒めていたって伝えれば喜ぶんじゃないかしら」
「そうだね。今度伝えるよ。では、昴は湯冷めする前に眠る事にする。おやすみ」
ふふ…と魅力的な笑みをこぼし、昴は私の前から去っていった。
私は夜の見回りに戻ろうと足を踏み出したところではた、と気づいた。

どうしてあの二人は同時に湯上がりなのだろう

帝劇のお風呂は男女で場所が別れておらず、時間によって切り分けているのに。

……
………
背後でドアを開ける音がして私はハッと振り返る。
見れば昴が部屋に入っていくところだった。
その動作は自然だったが私は何か違和感を覚えた。
少し考えて私はすぐに違和感の正体に気がつく。
昴が入っていった部屋は昴の部屋ではなく、大河少尉の部屋だ。
風紀が乱れる!と言って踏み込むべきか否か一瞬迷って
結局見ないふりをすることにした。
私はそこまで野暮じゃない。

翌朝、一緒に剣の早朝稽古をしようと大河少尉の部屋に入り
その直後真っ赤な顔をして飛び出してきたさくらの悲鳴を、私は半分眠りながら聞いた。

 

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