■ それでも傍にいたいから ■


「ルック〜。魔導書、まだ読み終わらないの〜?」
「…早く読み終わって欲しいなら、もうしばらく黙ってるんだね」
「む〜…」

退屈、退屈。
私が今日の魔法の授業の課題に挑戦中、ルックはずっと魔導書を読んでた。
ルックの事だから、私が課題クリアするまでには読み終われるって思ってたんだと思う。
だけど、ルックも私もビックリするぐらい、すぐに課題をクリアしちゃった。


”あと少しでひと区切りだから、ちょっと待ってなよ”


そう言ったっきり、本に夢中でちっとも喋りかけてくれない。
私は何度も話しかけてみるけど、


”退屈なら、どこかに行けばいいだろ”


この言葉と、さっきの言葉の繰り返し。
ずっと本の中の文字を目で追ってて、私の事なんてちっとも目に入ってないくらい。
退屈、退屈。
こんな事なら、課題をもっとゆっくりやれば良かった。
課題が出来なかったら、読書中でもルックはちゃんと教えてくれるもん。

小さく溜息を落として、ぼんやり空を見上げると、すごく良いお天気。
朝、ヨシノさんといっぱいお洗濯したし、全部キレイに乾きそうだなあ…
…お洗濯を取り込むのはもう少し後だから、今はやっぱり何もする事がないし。
なら、ルックと一緒にいたいし〜…

「良いお天気〜…」
「………」

ルックに言った訳じゃなく、独り言。
ほんの少しだけ返事を期待してみたけど、ルックはやっぱり本に目を落としたまま。
もうひとつ溜息を落としたその時。

「ム〜…」

頭の上から、返事(?)が返ってきた。
ふと背もたれにしてた木を見上げてみると、ムクムクちゃん。
いつもはこの木にいないけど、ここは日当たりがいいからかな、太い枝に上手にゴロンとうつ伏せになってた。

「こっちにおいでよ、ムクムクちゃん」

返事してくれた事が嬉しくて、ルックの邪魔をしないように、そっと両手を伸ばした。
ムクムクちゃんは枝の上で大あくび。
寝ぼけてるのかな、いつもは赤いマントを上手に操って飛んでるけど、今はフラフラとしながら、ポスンと落ちるように私の腕の中に。
思わずぎゅっと抱きしめると、フワフワの体からお日様の匂いがした。

「あったか〜い。干したお布団みたいだぁ」
「ムム…?」

あ。何となく気に触ったみたい?
寝ぼけた顔をしながらも、抗議するような目。
思わず頭を左右に振ると、ムクムクちゃんはまた大あくびをして、大きな青い目がゆっくりと閉じていく。

「ね、寝ちゃった…」

それはあっという間の出来事。
ムササビでも小さな寝息が首筋をくすぐって、フワフワの毛皮に覆われた丸い背中はマント越しでも小さく上下してるのがわかる。

日当たりの良いこの木の上にいたのも、お昼寝の為だったのかな。

そう思うと、このままお日様の匂いのする小さな体を抱きしめていたかったけど、安眠妨害してしまう気がして、そっと膝の上に寝かせてあげた。
退屈だから相手してもらおうと思ったのになあ…




退屈、退屈、退屈、退屈、退屈、退屈………
たーいーくーつーーーーっっ



…そう叫びたいけど、ルック、怒ってこの場を去りそうだし、口を聞いてくれない気がするからやめとこう。

「良いお天気〜…。こんな日に本を読んでるだけなんて勿体無いよ〜…」
「…だから、どこかに行けばって言ってるだろ。無理して僕に付き合わなくても」

今度も独り言だったのに、ルックに返事を求めてなかったのに、言葉が返ってきた。
相変わらず本を見つめたままだけど。

そうだよね。
本当に退屈なら、魔法の授業も終わった事だし、ここから離れて、何かする事を見つけに行けばいい訳で。
でも、退屈だって言いながらも、私はここから動く気はなくて。

本当は、退屈じゃないんだよね、きっと。
何もしなくても、ルックの傍にいられるのが嬉しいんだよ。
それでも退屈だって思うのは、ルックと何かをしたいから。
わがままだよね。
だから、本を読み終わるまで相手してくれない事を知ってるから、私は今、何も言わずにルックを待ってるんだと思う。
ルックの言う通り、邪魔しない事が退屈から解放される一番の近道だから。

私の膝の上では、ムクムクちゃんがスヤスヤと熟睡中。
あったかい体から伝わってくるぬくもり。
その背中を撫でようとして、ふと思いついた。
読書中のルックの邪魔をせず、その傍で退屈を紛らす事。

「良いお天気だもんね…」

大きな木に背中を預けて、そっと目を閉じる。

良いお天気だけど、風が少しだけ冷たい。
でも、膝の上で寝てるムクムクちゃんがお布団みたいで気持ち良い。
…こんな事言ったら、また抗議するような目で見られそうだけど。

そんな事を思いながら、深い眠りへ。

目が覚めた時、ルック、読み終わってるといいな…



++++++++++++++



やけに静かになったと思ったら、コツン、と、右肩に重み。
ふと本から目を離すと、さっきまで騒いでいたナナミは、膝の上にムササビを乗せたまま、小さな寝息を立てていた。

「寝たのか…」

ナナミらしい退屈の紛らせ方だと思うと同時に、ナナミが静かなのは寝てる時だけかもしれない。
そんな事を思い、小さく笑いながら魔導書のページを捲る。
いや、捲ろうとして、不意に頭に過ぎった事で、その手をピタリと止めてしまった。

僕が肩を枕代わりにする事を許しているなんて。

それ以前に、退屈だと騒いでたナナミが読書の邪魔だと思っていたのに、それでも僕はここに座り込んでた。
ここを離れれば、彼女から離れれば、静かな中で本を読めるのに。

「…ま、僕が移動したって、ナナミは追いかけて来るだろうし」

本当は違うけど。
自分でも気付いてるけど。
だけど、そういう事で今は納得しておいた。



サワサワ…サワサワサワ……



少しだけ冷たい風が吹き、左半身だけその冷たさを感じて、思わず震わせた。

「何で半身だけ…」

その疑問は、右肩に乗っている重みで解決した。
ナナミが風除けになってるとか、そういうのじゃなく、その逆。
右肩から伝わるぬくもりが、右半身に風の冷たさを感じさせなかった。
ナナミや、ナナミの膝の上で寝ているムササビも体を震わせなかった所を見ると、彼女達も同じらしい。
僕を含め、お互いがお互いにぬくもりを分け与えて。

「ふ〜ん…」

こういうのもいいかもしれない。

僕にしては珍しく、そう思った。


 ・
 ・
 ・


ナナミの重みとぬくもりを右肩に乗せたまま、僕の読書は続く。
本当はナナミが魔法の課題をしている間に読み終えてしまおうと思っていたのに、珍しく早々とクリアしてしまい、これは思わぬ誤算だった。
読み終えるどころか、栞を挟むにも中途半端だったから、退屈だとうるさいナナミをそのままに読書を続行した。

「…ふぅ」

ようやく1つの章の終わりまで読み、栞を挟むのにはちょうど良い。
でも、隣では完全に熟睡しているナナミとムササビ。
起こせばいいんだろうけど、でも、僕は新しい章のページを捲る方を選んだ。
理由は……
きっと、うるさいナナミを置いて、この場所から離れなかった時と同じだと思う。

サワサワ…サワサワサワ……



また少しだけ冷たい風。
さっきは左半身だけ体を震わせたけど、今度はそうしなかった。
ムササビとナナミと僕と。
お互いのぬくもりが、陽だまり以上の暖かさを作り出しているみたいで。
もう少しその暖かさを感じていたかった。


 ・
 ・
 ・


ナナミの重みを右肩に乗せ、体に伝わってくるぬくもりを感じながら、僕の読書は更に続く。
時折風が吹くものの、もうそれを冷たいとは感じなかった。
その風で木から葉がゆっくりと舞い落ち、ナナミの髪が揺れるのが、視界の端の方に入る。
そんな光景がどこか心地良い。
魔導書の文字を追い、内容も頭の中に入っている筈なのに、と、苦笑した時だった。

「ムム…?」

カクン、と、小さな音がしたかと思うと、ムササビの小さな声。
思わず本から目を離すと、ボンヤリと目を覚ました様子。
どうやらナナミの膝から頭がずり落ちたらしい。

「ん…」

膝の上のぬくもりが動いたからか、ナナミまで目を覚ましそうな雰囲気。
だけど、僕の読書は終わってなく、それどころか、また栞を挟むには中途半端なページ。

「今起きられたら厄介だな…」

もう少しだけ寝てて欲しいんだけど。
そう思い、寝ぼけ眼のまま、キョロキョロと辺りを窺うムササビを落ち着かせるようにポンと小さな頭に手を乗せると、トロンとした目はまたゆっくり閉じられ、小さな背中が上下し始める。
それと同時に、僕の右肩でも小さな寝息が聞こえ始め、ホッとした。

もう少しだけ、このまま。
右肩が重くなってきてるけど、それでももう少しだけこのままで。
せめて、この本を読み終えるまでは。

「…退屈だって聞きたくないし、言わせたくないし、ね…」

君がそう思っているのを知っていたにも関わらず、読書を続けた僕。
僕が本を途中で読み終わらない事を知っていた君。
だけど、ここから離れようとしなかった。
その理由はただひとつ。


それでも傍にいたいから。


「…待たせたお詫びに、君が目覚めたら、僕が先に言ってあげるよ」

君がいつも朝一番に僕に言う言葉を。

□おしまい□

 

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虹色の風(現:永遠の風)の碧海さくらさんから頂きました(≧□≦)

もうほんわかふわふわな雰囲気の二人でかわいらしいです!
ルックは相変わらず素直じゃないですが、そこが彼の彼らしいところな訳ですし!
二人で(ムクムクもいますが)くっついて温かくなってるというのが
まさにツボでした(〃⌒ー⌒〃)
自分の作ったFlashが小説になったような錯覚を起こして
最初に読んだときは、照れまくってまともに読めませんでした(笑)

本当にありがとうございました♪

 

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